歴史評論9−21 名古屋空襲と戦犯裁判 |
2012.7.25 |
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13、日本軍の過ち 灯火管制 日本軍は世界に先駆けてハーグ空戦規則の国内法化としての空襲軍律を制定し無差別爆撃禁止の模範を示した。しかしこれを公表せず、又ドーリットル裁判を国際世論誘導に利用もしなかった。弓矢で戦うだけの馬鹿としか言いようがない。いくつかその馬鹿の例を指摘したい。 @ 標識と灯火管制 ジュネーブ条約では病院・病院船に赤十字の標識を付けることになっている。日本はこれを遵守してきた。 ハーグ空戦規則では 「25条 公衆の礼拝、芸術、学術または慈善の用に供せられる建物、歴史上の記念建造物に対しては、長方形の大きな板で対角線により黒色と白色との両三角形に分割した表示板を以て表示する。 26条 重要な歴史上の記念建造物に関していっそう有効な保護を与えるため、その国がこの記念物およびその周辺遅滞を軍事目標に使用することを避けかつその査察のための特別の制度を受諾することを条件として次の特別規則を採用する。
陸軍海軍病院については、赤十字標識を付けることは普及していたが、その他の病院については余り普及されていなかった。標識のある病院に対しては誤爆以外には爆撃されなかった。しかし、こうゆう話があった。赤十字標識を示すと敵機の航路目標になるから標識を付けるなと軍から命令があったのである。飛行機は自分の位置を見失うことが多い。その時地上に赤十字標識があれば、例えば自分は今岡崎市民病院の上空にいることが分かる。自機の位置確認を妨害する為に赤十字標識を付けるな、と軍が命令したのだ。だから民間病院の多くは赤十字標識を付けずに無差別爆撃の犠牲になった。 「公衆の礼拝、芸術、学術または慈善の用に供せられる建物、歴史上の記念建造物に対しては、長方形の大きな板で対角線により黒色と白色との両三角形に分割した表示板を以て表示する」ことに規定されているが、全く活用されていない。国宝名古屋城にこの白黒△板を設置してライトアップすべきであった。 学校、捕虜収容所、博物館などには、英語でスクール、POW ミュージアムと屋根に書けば良かったのにしていない。航空機の位置確認の役に立つからいかんと言うのだ。 灯火管制ということが大規模になされた。夜間黒幕で窓を覆い光が外に漏れることを防止し、怠るとスパイの家かと憲兵隊が取り締まりに来た。昼間、朝鮮人が屋根に布団を干していると、憲兵隊がスパイかと殴りに来た。 名古屋市は全部真っ暗闇となった。米機は紀伊半島から琵琶湖を目指す。琵琶湖の湖面の輝きを確認してUタウンし、木曽三川を辿りながら南下すると交差する庄内川の川面の輝きを確認できる。その南が名古屋市街である。真っ暗闇の灯火管制下では何処が東区大曽根の三菱工場か北区西区の住宅地か分からない。分からないからと言って積んできた爆弾を持って帰ることはない。庄内川を越えて2000メートルで投弾するだけのことである。名古屋城に黒白△板のライトアップがあれば、これの東側を狙って投弾するが、灯火管制下の真っ暗闇では適当に投弾するから北区西区の住宅地にも落ちるのである。 結局灯火管制は無差別爆撃を誘うことになる。 日本軍の空襲対策は全く無益逆効果に終わっている。病院から学校博物館、寺院神社全部にまで、赤十字と黒白△板を設置しライトアップすれば良かったし、利益代表国スペインを通じてアメリカへこれらの所在地を通告すべきであったのだ。日本が通告をせずに灯火管制をしているのだから、アメリカに無差別爆撃の口実を与えたことになる。 陸戦法規でも空戦規則でも、標識のある宗教・学術の施設は保護されることになっている。全部の寺院と神社に標識を設置すれば、想像してみたまえ。名古屋市内は標識だらけになる。標識だらけで飛行機の位置確認には役に立たなくなるし、無差別爆撃が出来なくなる。 アメリカは標識だらけで偽装標識だと抗議すれば、空戦規則による中立国代表の査察委員会の招致を申請すると回答し、実際にスペイン・スイス・スェーデンなどの代表に来日して貰えばよい。日本は町内に一つ二つの寺院と神社があるのは当たり前のことであるし、この査察の期間、時間稼ぎが出来たのだ。とにかく中立国を中に入れての戦闘行為の制限に関する交渉を行い、それを停戦交渉に高めていく作業が必要だったが、日本政府も軍人も停戦を言い出すと、チキンの罵倒を浴び憲兵隊に逮捕される危険があったから誰も言い出さなかった。 |
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