裁判員裁判11−6 |
「名古屋地裁裁判員裁判傍聴記」2010. 12.17 2010年8月〜10月 宮道佳男 |
6、 2010年10月名古屋地裁刑事1部、弁護士法違反事件 被告人は弁護士、立ち退き交渉の借地人代理人を勤めていたが、地主側から200万円の賄賂を受け取ったと起訴されました。裁判員裁判ではありません。 逮捕当初、200万円の受け取り自体を否認していましたが、銀行口座にその日100万円の預入があることを突きつけられ、供述を変更し「法律事務所で立ちのき契約書の調印式の直後、地主側不動産屋が帰るとき、廊下で100万円入り封筒を、お世話になりましたとポケットに突っ込まれ、成り行きで受け取ってしまった」と自白したのです。 証人尋問で地主側不動産屋が二人出廷し「渡した金は200万円」と証言し、弁護士は絶体絶命になりました。 当初、立ち退き料は5000万円と約束されましたが、借地人側で不足ではないかと不満が出て、弁護士に依頼し、弁護士は手際よく7500万円で妥結させたのです。地主側も7500万円ならば想定の範囲内で早期に解決できたので喜び、弁護士の手腕に感謝するために、200万円を進んで差し出したのです。後日不動産屋はこの弁護士に顧問を依頼しています。借地人も弁護士に規定の報酬に心付けを加算して支払っています。得られた利益、2500万円の約2割報酬にです。相手も依頼者も弁護士の手腕に感謝し、喜んでいたのです。 弁護士は民間人ですが、公職です。相手からその事件処理の対価として賄賂を受け取ることは禁止されています。 無罪の主張が可能なのです。 立ち退き事件は完了しました。完了後に相手方から別の事件の依頼を受けたり、顧問になっても、利益相反にはなりません。勿論、賢い弁護士はある期間をあけます。200万円は地主から貰ったのではない。地主側不動産屋から、今後顧問や訴訟の代理をお願いしたいとの趣旨で、顧問料の前金、頭金の趣旨で貰った、その後も毎月顧問料を貰っていると無罪主張が出来ました。 私は36年間弁護士をしてきましたが、弁護士法の贈賄処罰規定をこれまで知りませんでした。昭和49年以降の判例時報を読んでいますが、知りません。昭和26年に一件あったそうです。周りに聞いても知っていません。利益相反の弁護士倫理違反としか知らず、罰則のあることを知らなかったのです。起訴した検察官と裁判官に聞きたいのです。貴方、何時知りましたか、と 検察官は被告人質問で「最初、金の受け取り自体を否認していたでしょう。面会に来た弁護人にも否認と言っていたでしょ」と質問し、弁護士は絶句します。「銀行口座に100万円の預入があることを示されて、100万円は受け取ったと自白したのでしょう」と追い打ちを掛けました。この日は、髪を巻き揚げてきた検察官、白いうなじは美しく、鶴の如く姿勢良く立ち、凜として凄みがあり、肺腑をえぐるのです。 裁判長が言いました。「何故、黙秘しなかったか。弁護士でしょ」 弁護士は「その立場になると、とても黙秘なんか出来るものではありません」 接見の時、黙秘すると約束したのに、自白してしまった、容疑者の言い訳話を思い出します。「やったか」と問われて「黙秘します」と答えることは至難の業なのです。学校教育では、正直者になれ、隠すな、と教育し、隠すことは大罪と教えているのです。 有罪無罪を争える立派な裁判が、100万円と200万円、ウソ自白を付いたか否かの低次元に落とされたのです。 無罪と言いたいが、検察官の手の内が分からないとき、取り敢えず、黙秘と言えば良かったのです。しかし、黙秘することが隠すこととの俗説に取り付かれ、否認と言ってしまったのです。100万円の受け取りを認めたとき、前の否認はウソとなります。ウソを付いたという自覚は彼を地獄に落とし、苦悩させます。 検察官は手の内のカードの何枚かをチラチラさせても、肝心のカードを隠して追求してきます。時には、恫喝も偽計も使います。「何もかも分かっているのだよ」との決まり文句に、初犯者は卒倒します。 黙秘することは、隠すことではない。対検察官闘争の為に、憲法が与えた権利なのです。中学三年生で、黙秘は隠すことに非ず、権利なり、冤罪防止の切り札なり、と教育すべきです。学校で、黙秘権ごっこ、裁判員裁判ごっこを流行らすのです。倫理の先生は、新たな教育のテーマを発見しなければなりません。 先生「林檎の木を切ったのはお前か」 生徒「黙秘します」 この後、先生は何と言うべきか。教育者は方針を出してください。 黙秘権について教育を受けていない裁判員は、被告人が黙秘したとき「隠すつもりか、許せん、有罪」と思いがちです。黙秘権教育を何時の段階でどの機関がしておくべきか、裁判所、法務省、日弁連、文部科学省で検討してください。 私が担当した裁判で、黙秘の約束を守り切れたのはただ一人、中核派の活動家でした。中核派では、黙秘の訓練をしているのです。学校教育でしなければ、誰も黙秘できません。 |
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