買収防衛策の発展と現状
第1 従来の買収防衛策
 2005年のライブドアによるニッポン放送株の取得をきっかけに,敵対的買収という言葉を頻繁に耳にするようになりました。敵対的買収とは,買収される側の会社の同意がないまま会社を買収することをいいます。ライブドアとニッポン放送の事件以前に企業買収がなかったわけではありませんが,「敵対的」となるとそこまで数が多いものではありませんでした。(最初の買収提案時には「敵対的」でも,最終的には合意の上で「友好的」な買収が行われることも多かったといいます。)
 では,今なぜ買収防衛策ということが注目されたのでしょう,今までの企業には買収というものと無縁だったのでしょうか。
 以前の日本では株式の持ち合いなどにより,安定株主を作ることが敵対的企業買収を抑止していたといわれ,従来の日本においては敵対的企業買収という事態は起こりにくいものだったといえるでしょう。実際にも,株式会社の支配をめぐる争いは,大企業を舞台にしたものがないわけではありませんが,小規模な企業における,相続も絡んだ中での争いも多かったといいます。(なお,会社法において,譲渡制限株式の相続に関して一定の手当がなされましたが,ここでは省略します。)しかし,近時は株式の持ち合いが解消される傾向にあり,以前ほどの抑止効果がなくなりつつあるといわれています。
 そこで,本稿では,現在における買収防衛策とそこに至る議論の経緯を概観するとともに,これらの議論を前提に,具体的に買収防衛策の当否が問題となった事例を見てみたいと思います。

第2 買収防衛策への議論の高まり
 ライブドアとニッポン放送の事件においては,プロ野球の再編問題で一気に知名度を増したライブドアとニッポン放送(さらにいえばその背後のフジテレビ)というメディアの争いというその構図が世間の強い関心を集める一因であったことは想像に難くありません。ライブドアとニッポン放送の事件当時,新聞や雑誌,はてはワイドショーなどにおいても,「ポイズンピル」「ホワイトナイト」「パックマンディフェンス」「クラウンジュエル」・・・など「買収防衛策」として様々な手段が紹介されました。これらの当時においては耳慣れないカタカナの言葉は,アメリカで敵対的買収に対する買収防衛策として考案されたものです。アメリカでは1980年代に敵対的企業買収が盛んに行われたという経験がありました。これに対して,ライブドアとニッポン放送の事件まで,日本における企業買収防衛についての議論は必ずしも活発といえるものではなく,まさに,議論が急激に盛りあがったといえる状況でした。しかし,急激に盛り上がったといっても,我が国においては,このような敵対的買収とそれに対する防衛策に関する前例に乏しかったことから,アメリカでの議論を参考に買収防衛策についての議論が重ねられることになりました。
 その後,ライブドアとニッポン放送の事件は終息しましたが,企業買収に関係する報道,例えば,王子製紙の北越製紙に対するTOBなどが続き,企業買収や買収に対する防衛策に対する関心はいまだに高い状態が続いています。
 それに加えて,2006年に会社法が施行されるとともに,2007年からは,合併等の対価を柔軟化する会社法の規定が施行されることから,外資による企業買収が活発になるとの指摘がされています。(もっとも,この対価の柔軟化によって外資による企業買収が活発になるということについては異論もあるところです。)このような日本の立法に関する背景もこの関心の高まりに一役買ったといえるでしょう。

第3 買収防衛策の必要性
1 良い買収と悪い買収
日本でも見られるようになった敵対的買収ですが,そもそも,すべての敵対的買収から会社を守ることが必要でありかつ正当といえるのでしょうか。企業買収=乗っ取りというようなイメージが日本においては少なからず存在しますが,すべてがすべて「乗っ取り」というわけではありません。例えば,倒産しかかった会社を他の会社が買収して,優秀な経営者を送り込むことで再建するといったケースを考えてみましょう。倒産しかかった会社の経営陣が他の会社に会社再建の手助けを求めた場合に買収が行われれば,それは,買収される会社側の同意の下で行われる「友好的」買収ということになります。その結果,会社の再建が実現すれば株主の利益は守られますし,会社の債権者の債権は確保され,会社の従業員などの利益も(もちろん一部の従業員については解雇などもあるでしょうが)多くは守られます。ところが,(やや極端な設定ですが)倒産しかかった会社の経営陣が自らの経営の失敗をよそに,自らの取締役としての地位を守るために買収の提案を拒んだらどうなるでしょう。結果としてそのような経営陣の下で会社が倒産してしまえば,株主も,会社債権者も,会社の従業員も大きな不利益を受けることになってしまいます。このような場合には,会社を再建し,さらには組織の再編を通じてより大きな利益を上げようとするために買収をすることは「敵対的」ではあるが「合理的」であるといえるでしょう。
そうすると,買収の善し悪しに「敵対的」か「友好的」かは関係がなく,「合理的」な「良い」買収はこれを認めて(すなわち,防衛させない),「不合理」で「悪い」買収は認めない(すなわち,防衛を認める)のが妥当でありるという見方ができるといえます。
2 敵対的買収の効果と弊害
では,敵対的買収の「良い」「悪い」を考える前提として,敵対的買収の効果と弊害についてもう少し考えてみることにします。
まず,敵対的買収が存在することの効果としては,自己の経営する会社が買収されないようにするという意味で会社の経営に緊張をもたらし,より効率的な経営が実現され,結果として会社の価値の向上が図られるということが指摘されます。すなわち,敵対的買収があり得るということ自体が,経営者の経営努力を促すという効果を有するといえるのです。
他方で,敵対的買収が行われる場合には,次のような弊害が生じうるということが指摘されています。まず,構造上強圧的な買収により株主の選択の自由が奪われるという点です。る。具体的な例としては,株式の二段階公開買い付けがあげられます。典型的な例を挙げて説明すると,株式の公開買い付けにより買収しようとする会社の支配権を獲得した場合(第一段階)には,続けて,公開買い付けでの買い付け価格よりも不利な価格を交付する合併(第二段階)を行うと告知します。そうすると,第二段階の不利価格での合併を嫌う株主としては,最初の公開買い付けに募集せざるをえないような状況に追い込まれ,株主の選択の自由が奪われてしまうことになるのです。また,二段階目の合併の告知に代えて,第一段階の公開買い付けで上場廃止になる見込みであることを告知することでも,同様の効果があることは理解できると思います。このように,二段階に分けるという買収の構造をとった場合に,株主の意思決定がゆがめられて第一段階で株式を売却してしまう事態が生じ,結果として,株主,会社の利益を損なうことになりうるのです。
また,株主が,会社の将来の成長の見込みや買収者の提案について十分な情報を持っていないために,本来得るべき利益に比べて不十分な価格で株式を売却してしまう危険が指摘されます。会社を買収しようとする者は,通常,その時の市場の株価よりは高い価格での買収を提案するでしょう。しかし,市場の株価が会社の価値を完全に反映しているとは限らないので,株主は,実際には不十分な価格であるにも関わらず株式を売却してしまうおそれがあります。もっとも,このようなケースとは逆に,会社の経営陣の説明が不十分であったり,自己保身のために不正確なものであったりすれば,株主は買収の提案が十分な価格であるにも関わらず株式を売却しないという決断をしてしまい,利益を得る機会を失ってしまうことになるのです。
このように,買収防衛策がない場合には,上記の二段階公開買い付けのような不当な買収(もちろん不当な買収は二段階公開買い付けに限られません)が行われることにより会社・株主の利益が損なわれ,逆に買収防衛策があったとしても,経営陣の自己保身に使われてしまえば結局会社・株主の利益を損なう結果になります。そうすると,買収防衛策は絶対あってはいけないものでもなく,だからといってあればよいというものでもない,正当な内容のものとして存在しなければならないことになります。そして,正当な内容か否かは,上記の検討のように会社・株主の利益を損なうものかどうかということがその基準として導かれてくることになります。
3 日本における基準の提示
後述する買収防衛指針では,買収防衛策は,「企業価値」ひいては「株主共同の利益」を確保し,又は向上させるものでなくてはならないとしつつ,この「企業価値」とは「会社の財産,収益力,安定性,効率性,成長力等株主の利益に資する会社の属性又はその程度」,株主共同の利益とは「株主全体に共通する利益の総体」と述べられています。加えて,同じく後述する買収防衛報告書は,「企業価値」を「会社が生み出す将来の収益の合計のことであり,株主に帰属する株主価値とステークホルダー(=利害関係者。例えば会社債権者,従業員)等に帰属する価値」のことと説明しています。ややわかりにくいかもしれませんが,ここまで検討してきたことを合わせて考えると,会社,株主(さらには利害関係人)の利益を包括したものとここでは理解しておいて足りると思います。もっとも,株主の利益と会社債権者・従業員の利益は相反することもありますし,「会社は株主のもの」という従来からの考え方との整合性はなお議論の余地もあるでしょうが,そこに立ち入ることは,本稿の目的を超えるので省略します。いずれにせよ,「企業価値」ひいては「株主共同の利益」の確保,又は向上という最終的な基準を設け,具体的に導入しようとする買収防衛策が,会社,株主等の利益にどのような影響を及ぼすかを考えて,導入が許される買収防衛策の制度設計をしていくという方向性が示されています。
この「企業価値」という基準を提示した,経済産業省・法務省の「企業価値・株主共同の利益の確保又は向上のための買収防衛策に関する指針」は,その中で,買収防衛策の導入に際して従うべき原則を挙げるとともに,具体的な買収防衛策の枠組みを示しており,現在の実務に強い影響があるとみられています。この指針は本稿の末尾にまとめておきましたが,先に参照されることをおすすめします。

第4 現在における買収防衛策の形成
1 ライブドア事件以降の議論の流れ
まず,現在において導入されている買収防衛策が形作られた背景を見るために,ライブドア事件以降の議論・裁判例の流れを概観するとおおよそ以下のとおりです。
2005年2月:ライブドアによるニッポン放送株の取得が明らかになる。
2005年4月:東京証券取引所が過剰防衛の自粛を要請。
2005年5月:企業価値研究会の「企業価値・株主共同の利益の確保又は向上のための買収防衛策に関する報告書」発表。。(以下「買収防衛報告書」といいます。)
→買収防衛策の合理性の基準を企業価値に置くことを提言
2005年5月:経済産業省・法務省の「企業価値・株主共同の利益の確保又は向上のための買収防衛策に関する指針」発表(以下「買収防衛指針」といいます。本稿の最後にまとめてあります。)買収防衛策について3つの原則をあげる。
・第1原則:企業価値・株主共同の利益の確保・向上の原則
・第2原則:事前開示・株主意思の原則
・第3原則:必要性・相当性確保の原則
(これらの報告書や指針は,経済産業省のHP等で見ることができます。)
2005年6月:ニレコ事件高裁決定。
敵対的買収者が現れる前に,現在の株主に割り当てる方法で新株予約権を発行する買収防衛策が「著しく不公正な」方法によるものとして差し止められる。
→おおよそ上記の買収防衛指針に沿った判断がされたと評価されています。上記買収防衛指針等はあくまで指針であり,法的拘束力はありませんが,事実上強い影響力を持つことが明らかになりました。(ニレコ事件については後で検討します。)
2006年3月:東京証券取引所の上場審査基準等の改正
黄金株・デットハンド型の防衛策・行使価額が株式の時価より著しく低い新株予約権を導入時の株主等に割り得てておくライツプランの導入は上場廃止基準に当たるとした。買収防衛指針や買収防衛報告書に比べて,厳しい(すなわち,導入できる買収防衛策の範囲を狭めた)ものとなっている。
なお,名古屋証券取引所の上場審査基準等改正(2006年5月1日より施行)も同様の内容である。
→上場会社は上場を維持しようと思ったら,これらに従わざるを得ないので,これらの上場規則が事実上買収防衛策のルールとなるといえる。
※黄金株:拒否権付種類株式のうち,取締役の過半数の選解任その他の重要な事項について種類株主総会の決議を要する旨の定めがなされたもの
※デットハンド型の防衛策:株主総会で取締役の過半数の交代が決議された場合においても,なお廃止又は不発動とすることができないもの
(証券取引所の上場審査基準の改正は,各証券取引所のHP等で確認できます。)
2 現在導入されている買収防衛策の概要
以上のような議論の末,現在導入が進められている買収防衛策は「信託型ライツプラン」と「事前警告型ポイズンピル」の2種に大別できるといわれています。これらの具体的内容については,各種の著書・論稿で詳しく説明がされていますので,ここでは,軽く説明するにとどめます。
まず,「信託型ライツプラン」とは,買収者が出現する前にあらかじめ新株予約権を発行し,それに信託を設定して,買収者が出現した際に,買収者出現直後の基準時の株主に新株予約権を分配し,買収者以外の株主がこれを行使して買収者の議決権の比率を低下させるものです。新株予約権の行使で新株を取得するのは買収者出現直後の株主ですから,これらの株主に議決権が希釈するという問題が生じません。
もう一つ「事前警告型ポイズンピル」とは,あらかじめ,買収しようとする者には情報提供や時間の猶予を求めるといったルールを定め,ルールに従わない場合に,新株予約権や株式分割を用いた相当な防衛策を発動すると警告しておく方法です。警告に従わない,すなわち何らの情報提供をしない場合には,新株予約権の発行等の防衛策を発動することになりますが,何らの情報も提供しないという事実は,買収の目的を説明できないということ,すなわち買収に不当な目的があることを推認させると思われますから,その後の防衛策が正当化される可能性が高くなると思われます。
もっともこれらの買収防衛策は発動することは基本的に念頭にありません。なぜなら,いずれの類型の買収防衛策においても,買収防衛策が存在することの効果で,買収者から,買収についての具体的情報や交渉等の時間を引き出すことが可能になるので,仮に買収者に正当な利益を生み出すような買収の提案がないのであれば,先に述べたように不当な目的があると判断されやすくなるため,そのような買収はそもそも仕掛けること自体少なくなると考えられますし,他方で,正当な買収の提案があるにも関わらず,株主の意思を問うことなく実際に買収防衛策が発動されれば,その発動の判断の合理性が問われ,場合によっては結局差し止めの問題が生じうると考えられるからです。
なお,「ライツプラン」と「ポイズンピル」との言葉の違いですが,著書や文献によって「ライツプラン(ポイズンピル)」と説明するものや「ポイズンピルはライツプランの俗称」と説明するものなど様々であり,あまり意識して使い分けられていないようです。結局は大まかに見た一つの法的枠組みのようなものを(その中には細かい違いを含んだバリエーションは存在します)「ライツプラン」ないし「ポイズンピル」と呼んでいるだけで,ほぼ同一のものを指しているとここでは理解しておけば足りると思われます。ちなみに「ライツプラン」の「ライツ」とは「rights=権利」のことで,現在の日本においてはおおよそ新株予約権のことと考えて良いでしょう
これらの他に,買収防衛そのものを目的とする制度ではありませんが,実質的に見て買収防衛策と見ることができるものとして,組織再編行為を用いた防衛策があります。例えば,持ち株会社を設立することで,買収コストを上げるという手段が買収防衛策として利用できるといわれています。以前より,子会社の価値が親会社の価値を上回り(フジテレビとニッポン放送の関係と同じです)買収の危険があるといわれたイトーヨーカ堂とセブンイレブンが,持ち株会社としてセブンアンドアイHDを設立したのは,買収防衛を意識したものといわれます。(「資本のねじれ」が解消されて買収にコストがかかる等の効果があります。)もっとも,このような組織再編行為を買収防衛策として用いた場合,それが裁判になったときいかなる判断を受けるかなどはまだ事例の蓄積もなく,議論も不十分であるので,ここでは,そのような手段も理論上存在することを指摘するにとどめさせていただきます。
また,事前の防衛ではありませんが,敵対的買収者が現れてから機能する買収への対抗策にホワイトナイトと呼ばれる手段があります。具体的には,ある会社がに敵対的買収者が現れて敵対的TOBを仕掛けてきた場合に,友好的な第三者(ホワイトナイト=白馬の騎士)が敵対的買収者より有利な条件で友好的TOBを仕掛けることで敵対的買収者のTOBから逃れるという手段です。実際に,オリジン東秀に対してドンキホーテが行った敵対的TOBに際して,イオンがホワイトナイトとして友好的TOBを行いましたし,最近の例では,米投資会社のスティール・パートナーズが明星食品に対して行った敵対的TOBに際して,日清食品がホワイトナイトとして友好的TOBを行ったことが記憶に新しいでしょう。ホワイトナイトの場合は,そうそう都合良く友好的買収者が見つかるとは限りませんし(それゆえ,事前に友好的な関係を築いておく必要があります。),敵対的買収者に買収されることは防げますが,結局友好的買収者に買収されることにはなってしまいます。また,ホワイトナイトになろうとする側も,あまりに常軌を逸した好条件で友好的TOBを行えば,自社の株主に対する説明がつかず,責任を追及される可能性も否定できません。
3 ニレコ事件に見る株主の損害
買収防衛策を設計するに際して,発行時に過度に株主に財産的損害を生じさせないことが買収防衛策の合理性確保のため必要であることは,買収防衛指針の第3原則が述べるとおりですが,実際にその点が問題になったケースがあります。2005年6月に,ジャスダックに上場している産業用制御機械メーカーのニレコという会社が導入しようとした,敵対的買収者が現れる前に,現在の株主に割り当てる方法で新株予約権を発行する買収防衛策が「著しく不公正な」方法によるものとして差し止められた事件です。
東京地裁は,買収防衛策について,原則株主総会の意思に基づいて行うべきとしつつ,例外的に,相当な方法による限り取締役会決議によることができると述べ,その相当性の判断要素として,@株主意思の反映,A取締役会の恣意防止,B買収とは無関係の株主に不測の損害を与えない,という3点を挙げ,ニレコの導入した買収防衛策はいずれの点も満たさないとして新株予約権の発行を差し止めを認めました。
東京高裁の決定は上記@,Aには触れずに,B現在の株主が被る不測の損害を詳細に検討して,本件の新株予約権の発行が株主に経済的損害を与えるとして差し止めを認める原審の結論を維持しました。この東京高裁が認定した損害について簡単に説明します。ニレコが導入しようとした買収防衛策では現在の株主にあらかじめ新株予約権が交付されます。すると,その後に新しく株式を譲り受けた株主は,株式と新株予約権は別物ですから株式を譲渡しても新株予約権まで譲渡したことにはなりませんので(これを新株予約権に随伴性がないといいます),いつか新株予約権が行使され,大幅に株式数が増えて株式の価値が低下するというリスクを負担することになります。そうすると,このような危険な株式は魅力が低下するので株価は下がり,結局現在の株主も損害を受けることになります。なお,このような株式価値の低下を防ぐためには,新株予約権をあわせて譲渡できればよいのですが,新株予約権を譲渡できてしまっては買収の防衛にならないので,新株予約権には譲渡制限が定められており,新株予約権の譲渡による損害の回避はできないのです。
では,この現在の株主に生じる損害を,上記2つの買収防衛策について見てみます。まず,信託型ライツプランでは,敵対的買収者が出現する時点以前の株主には新株予約権が分配されていませんから,株式を譲渡しても株式と新株予約権が分離するという問題は生じません。信託型ライツプランをした後に敵対的買収者が出現して初めて,その後の基準時の時点での株主に新株予約権が分配されます。(実質的に,新株予約権に随伴性があるということになります。)そうすると,信託型ライツプラン導入後の株主が先ほどのニレコの買収防衛策のような株式価値の低下のリスクを負うことはないので,買収防衛策が株式価格に及ぼす影響は実質的に見てほとんどないことになります。警告型ポイズンピルについても,導入時に新株予約権の発行等が行われるわけではないので同じことがいえます。
では,ニレコはなぜ現在の株主に新株予約権を与えてしまったのでしょう。それは,新株予約権の差別的行使条件が株主平等原則に反するのではないか,という疑問に対する配慮にあったとされています。すなわち,敵対的買収者が現れて一定の株式を取得されてしまった後に株主に新株予約権を割り当てた場合,株式を所有する敵対的買収者にも新株予約権が割り当てられてしまいます。しかし,敵対的買収者がこの新株予約権を行使してしまっては,買収者の持ち株比率を希釈することができませんから,買収者を除いた株主のみ,新株予約権の行使を認めることが必要になりますが,このような敵対的買収者のみを新株予約権の行使から除外すること(差別的行使条件)が株主平等原則との関係で問題になると考えたから,ということです。
しかし,ニレコがこの買収防衛策を導入した後に発表された買収防衛指針では差別的行使条件を許容する一方で(新株予約権を行使する権利は,株主としての権利の内容ではない,と述べています。),ニレコが採用したような,敵対的買収者が現れる前に,現在の株主に割り当てる方法で新株予約権を発行する買収防衛策を「著しく不公正な方法による発行に当たる可能性が高い」としました。前者の差別的行使条件については,実際に裁判で争われた場合に裁判所がいかなる判断を下すかは分かりませんが,後者のニレコがとった買収防衛策について,買収防衛指針と同様の結論を裁判所が採用したことを考えれば,買収防衛指針には現在の実務に強い影響力があるということは明らかというべきでしょう。
もちろんニレコは会社内の議論のみでこの買収防衛策を導入したわけではなく,専門家に相談の上で今回の買収防衛策を導入しました。しかし,それは上記の時系列の通り,買収防衛指針が出される前のことでした。専門家の間でも,必ずしも決定的なものがないという議論の状況を示しているといえるでしょう。(なお,買収防衛策の策定の経緯については,日経ビジネス2005年8月8日・15日号124P号掲載のインタビュー記事が興味深いです。)
4 王子製紙vs北越製紙に見る独立委員会の独立性
同じく買収防衛指針の第3原則に関し,買収防衛策に合理性を持たせる手段として,経営陣の自己保身を排除するために,独立社外者の判断の重視することがあげられていますが,この点について,裁判で争われたわけではないものの,実際の運用について批判があったケースが王子製紙と北越製紙の事件でした。
王子製紙の敵対的TOBに際し,北越製紙は買収防衛策の発動を独立委員会に諮問したところ,独立委員会は買収防衛策を発動すべきと回答したのに対して,結局北越製紙の経営陣は買収防衛策を発動しないとの決断をしました。この決断は,一見すると,経営陣が,自己保身をはかることなく,買収に応じるかどうかを株主の判断に委ねたとも考えられますが,必ずしもそうとはいえない側面があると思います。北越製紙の買収防衛策に関して経緯を追ってみると以下のとおりです。
2006年7月19日:北越製紙が買収防衛策を導入
7月 3日:北越製紙に対して王子製紙がTOBを提案
8月 2日:王子製紙によるTOBが開始
8月 2日:北越製紙が独立委員会の諮問にかけることを決定
8月 8日:独立委員会が買収防衛策を発動すべきと回答
8月23日:王子製紙のTOB,不成立の公算が明らかになる
9月 5日:北越製紙の経営陣が買収防衛策不発動の決定を発表
北越製紙の買収防衛策においては「独立委員会による勧告を最大限尊重する」とあったというのであるから,経営陣が独立委員会の勧告に反する決定をしたこと自体はここでは,問題としないでおきます。(もっとも,ニレコ事件の東京地裁の決定は「最大限尊重し・・・」となっていることを取締役の恣意的判断が防止できていないことの理由の一つとしています。)まず,北越製紙の経営陣が買収防衛策の発動をしないことを決定した時期に問題があると思います。実際において,8月23日時点では王子製紙のTOBは失敗に終わることが濃厚な状況になっていた(同日付日経新聞で「王子TOB不成立の公算 北越側,5割超を確保」と報道された)状況では,結局は独立委員会の意見を留保しながら,いずれにせよ王子製紙の買収が失敗することが明確になったから買収防衛策を発動しなかったと評価されてもやむをえないのではないのでしょうか。そうすると,本当に独立委員会の勧告を「尊重」しているのか,独立委員会の意義に疑いがあるといわれてもしょうがないと思います。仮に訴訟の場に出ることになった場合には,経営陣の一挙手一投足が,裁判の基礎となるのですから,経営陣が行う判断のプロセスにも十分な注意が必要になります。(もし,独立委員会が「発動の必要なし」と勧告していたら,北越製紙の経営陣は「いつ」「どのような」決定を下したでしょう。少なくとも,今回批判されたような事態は生じなかったかもしれません。もっと早い段階(王子製紙のTOBが不成立が失敗することが確実となった時点)で経営陣は防衛策を発動しない旨の発表したような気がします。)また,独立委員会の判断についても,どの程度判断の基礎とすべき買収に関する情報が得られていたのでしょうか。仮に,経営陣側から提供された情報のみを判断するのでは本当に独立しているのか疑問が持たれてしまいます。単純に独立委員会があればよいというのは大きな間違いですし,買収防衛のシステムが十分でも,実際の運用が悪ければやはり新株・新株予約権発行の差し止め等の問題が生じると考えられます。
余談ですが,独立委員会のメンバーに親族を入れたりするのも,独立性に対する疑いをもたせるということはおわかりいただけると思います。そうすると,いざというときに企業を防衛できないのでは,という疑念が浮かぶかも知れませんが,本当に不当な買収であれば裁判で防衛可能の判断がされますし,正当な買収であれば防衛できないというのが,現在考えられている買収防衛策の役割であり限界なのです。

第5 おわりに
1 買収防衛策の役割
以上のとおりですから,現在の議論から導かれる結論としては,企業の価値を向上させるような正当な買収は防衛できず,買収防衛策の果たす役割とは,交渉の時間の確保であったり,買収に関係する情報の開示を促すことで,全く不当な買収をふるいにかけるとともに,正当か否かを株主の判断に委ねるシステムと考えられます。
2 買収されない会社とは
このように,正当な買収は防げないとするならば,そもそも買収に着手されない会社になることこそが,買収から身を守る最も有効な方法ということになります。買収に着手されない会社がどのような会社であるかを考える場合には,逆に自分が会社を買収しようとする立場になってみればよいでしょう。
まず,買収で必要になる資金より,買収によって得られる会社の価値の方が大きいなら,いわゆるお買い得ということになります。例えば,優良な不動産等の資産を持ってはいるが,株価が安く推移しているので,株価の総額より,会社の資産を売却して得られる額の方が大きい場合です。阪神電鉄の株がいわゆる村上ファンドに大量取得されたケースがこれにあたるといわれていますし,ニレコも会社の有する資産の価値が株価の総額を上回った状態の会社でした。(これを,PBR=株価純資産倍率が1を割っているなどと説明したりします。)もちろん,単に買収した会社を解体して利益を得る目的での企業買収に対しては,買収防衛策の発動が正当化されることは買収防衛指針も述べるとおりですが,買収の効果を説明することも不可能ではないでしょう。また,買収しようとする会社自体の価値に着目するのではなくではなく,買収しようとする会社が優良な子会社の株を大量に所持している場合には,その優良な子会社を支配できることを買収のメリットととらえることができます。いわゆる「資本のねじれ」と呼ばれる現象で,ニッポン放送とフジテレビの関係がこれにあたり,このメリットをねらったのがライブドアです。
もっとも,このような「お買い得」な状態から脱するために,大量の負債を抱え,成長の見込みもないような全く魅力のない会社にしてしまうことは会社をダメにしてしまうだけです。そこで,採るべき手段は,会社としては魅力的ではあるが,社会からそれに応じた高い評価(=高い株価)を得ていて,買収しようとする側にとってはうまみの少ない状態にするとか,買いたくても買えないくらい株価総額の高い会社にするということが考えられます。すなわち,様々な記事等で再三強調される会社の価値を高める,ということに行きつかざるを得ないのです。
また,資金調達の需要が少ない会社については,理論上買収の余地のない非公開会社にしてしまうのもよいのかもしれません。
3 買収防衛策の今後
買収に関する問題が意識され始めたばかりでの日本では,当面,買収防衛指針に沿う形での防衛策を中心に議論が進められるとともに,買収防衛策の導入も進められると思います。日本が議論の参考にしたアメリカでは,特に株価総額が極めて高い企業などで,買収防衛策が消却される方向の動きもあるそうです。(もちろんまだ多くの会社が買収防衛策を導入しています)しかし,日本の状況は必ずしもアメリカと同じではありませんから,日本における事情をもふまえた議論が行われなくてはなりません。
本稿でも取り上げたとおり,この1〜2年で企業買収をめぐる裁判例が続けて出されていますし,裁判に至らなくても企業買収をめぐる事件が起きています。これらは,そこで起きた一つ一つの問題については一定の方向を示していても,その周辺にはまだ多くの問題が残っています。このような問題点について議論を深めることはもちろん重要ですが,ニレコの事件のように,法律上の問題点を十分検討しても,裁判でひっくり返されてしまうことがあります。実務では判例・裁判例がやはり大きな意味を持ちますから,何かしら企業買収をめぐる事件が起きたときに,「法廷で争ってくれれば・・・」などと思ってしまうのはいささか不謹慎でしょうか。

〈補足〉企業価値・株主共同の利益の確保又は向上のための買収防衛策に関する指針
(経済産業省=法務省・平成17年5月27日)
第1 3つの原則
@企業価値・株主共同の利益の確保・向上の原則(第1原則)
合理的な買収防衛策の代表例
(1)企業価値・株主共同の利益に明白な侵害をもたらすような買収に対する防衛策
→株式を買い占めて,その株式について会社側に対して高値で買取りを要求する行為など
(2)事実上株式の売却を強制されるおそれがある買収類型に対する防衛策
→強圧的に段階買収など
(3)時間と交渉力確保のための買収防衛策
A事前開示・株主意思の原則(第2原則)
事前開示の原則:株主,投資家,買収者などへの予見可能性を高め,株主の適正な選択の機会を確保
株主意思の原則
(1)株主総会決議での導入
株主の意思は株主総会で反映
(2)取締役会決議での導入
法が本来予定している権限配分と整合的ではないものの,株主総会は機動性が低く,取締役会決議での導入を一律に否定することは妥当ではない。
→株主の総体的意思によってこれを廃止できる手段(=消極的な承認を得る手段)を設けている場合は,株主意思の原則に反するものではない。
B必要性・相当性確保の原則(第3原則)
買収防衛策は適法性・合理性を有するものでなくてはならない
→3つの問題点:株主平等原則・財産権保護・経営者の保身のための濫用防止
 (1)株主平等原則
a買収者以外の株主であることを新株予約権の行使条件とする新株予約権の発行
→新株予約権を行使する権利は,株主としての権利の内容ではないから,上記のような新株予約権の発行は株主平等原則に反しない。
b買収者以外の株主に対する新株・新株予約権の発行
→新株・新株予約権の引受権は,公開会社の株主には認められていないうえ,新株・新株予約権の割当ては,株主の権利とは無関係であるから,上記の新株・新株予約権の割当ては株主平等原則に反しない。
c種類株式の発行
→特定の者に拒否権付株式を発行することは,法律上認められている株主平等原則の例外であるから,法律の手続に則って行われる限り適法である。
(2)財産権保護
a第三者に対する有利発行
→株式の価値を著しく低下させるので,法律の手続に則って行う必要がある。
b買収者に過度の財産上の損害を与えうる新株予約権
→買収者以外の株主であることを新株予約権の行使条件とする新株予約権を,株主割当てで発行することは,取締役会決議で可能であるが,買収者に過度の財産上の損害を与えるようなものである場合には,第三者への有利発行の手続き規定の脱法行為と判断されるおそれがあるので,新株予約権の内容について適法性を高める工夫が必要である。
 (3)経営者の保身のための濫用防止
外部専門家の分析を得るなど,判断の前提となる事実認識等に重大かつ不注意な誤りがない,合理的な判断過程を経た慎重な検討が必要である。
第2 具体例〜「著しく不公正な方法」による発行にあたるか否か〜
1 株主総会の決議により新株予約権等を発行する場合
→株主自身による株主総会の決議に基づくのであるから,株主共同の利益を確保・向上させると推認され(第1原則),株主意思に基づくことはいうまでもなく(第2原則),取締役会の濫用のおそれがない相当な手段(第3原則)であると考えられるので公正な発行とされ「やすい」
もっとも,以下の方法を併せるで合理性を「高める」ことができる
(1)第1原則との関係
株主が1回の株主総会における取締役の選解任を通じて,新株予約権を消却できる条項(株主共同の利益向上につながる買収提案を排除しない)
(2)第2原則との関係
新株予約権等の発行後,定期的に株主総会の承認を確保する条項(いわゆるサンセット条項)
(3)第3原則との関係
消却できない拒否権付株式等を新たに発行することには慎重になるべき
2 取締役会の決議により新株予約権等を発行する場合
→取締役の自己保身のおそれが存在することから,上記3つの原則に合致しなければ不公正発行と判断されるおそれがある。そこで3つの原則に合致する合理的手段とするために以下の方策を組み合わせる。
(1)差し止めを回避するための方策
A 第1原則との関係
必ずしも資金調達目的は必要ではないが,株主共同の利益を確保し,又は,向上させる目的で行われる必要。具体的には上記「第1 3つの原則」の第1原則で指摘する(1)〜(3)に該当すること。
B 第2原則との関係
a 新株予約権等の発行の目的,株主が被る可能性のある不利益等を開示する。
b 新株予約権等の内容として,株主の総体的意思により消却する手段が設けられていること。事後的に消却されないことが「消極的な承認」と考えられるからである。例えば,導入した当時の取締役が一人でも代われば廃止できない条項(いわゆるデットハンド条項)などは不公正とされやすい。
C 第3原則との関係
a 非差別性
買収者以外の株主の非差別性を確保する。買収者以外の株主の中で特定の株主だけを有利又は不利に取り扱うことは通常合理性がない。もっとも,資金調達目的の場合は,買収防衛目的ではないので,非差別性の確保は要請されないし,種類株式は株主の承認を得ているので適法である。
b 財産権保護
発行時に過度に株主に財産的損害を生じさせないこと。買収開始前の一定の日を基準日として,買収開始前にあらかじめ現に割り当ててしまうことは,基準日以降に株式を取得する株主に不測の損害を与えるおそれがある。また,基準日時点の株主が保有する株式の価値を著しく低下させるおそれがある。
c 濫用防止
取締役会の裁量権について濫用防止策が施されていること。取締役会の裁量じたいは認めざるを得ないものの,取締役会が自己保身のために濫用できる設計は不公正といえる。具体的には,上記デットハンド条項はこの点でも問題となる。
(2)買収防衛策の合理性を確保し,株主や投資家等の関係者の理解と納得を得る方策
A 一年ごとの株主総会で株主に直接買収防衛策の是非を問う機会を確保する
B 買収提案の具体的情報提示などあらかじめ定めた一定の客観的条件を満たした場合に,自動的に新株予約権等を消却するといった,内部取締役の恣意を廃止できる条項。
C 独立社外者の判断を重視する。
第3 適法性や合理性の高い方策の組み合わせの例
1 株主承認型
「株主承認」+「消却条項」+「サンセット条項」
2 客観的廃止要件設定型
「取締役会の決議」+「株主による廃止可能性」+「廃止要件の客観性の確保」+「非差別性」+「財産権保護」+「濫用防止」
3 独立社外チェック型
「取締役会の決議」+「株主による廃止可能性」+「独立社外者の確保」
+「非差別性」+「財産権保護」+「濫用防止」