ブルドックソース対スティール東京高裁決定 20070717 
 7月9日東京高裁はスティールの新株予約権発行差し止め仮処分申請却下の抗告を棄却した。
(却下理由)
1、株式会社は社会的存在であり、従業員、取引先、消費者等との経済的活動を通じて利益を確保している存在であり、企業価値について、専ら株主利益のみを考慮すれば足りるという考え方には限界があり、採用できない。
濫用的買収者は会社の健全な運営などという観点を欠くのであるから、株式会社の企業価値を損ない、ひいては株主共同の利益を害することにつながり、濫用的買収者は株主として差別的取り扱いを受けてもやむを得ない。
2、スティールは、投資ファンドという組織の性格上、当然に顧客利益優先の受託責任を負い、成功報酬の動機付けに支えられ、これを最優先にして行動する法人であり、濫用的買収者であると認める。
3、新株予約権無償割当てはやむを得ない手段であり手続き的にも株主総会の特別決議を経て導入された。この結果スティールの持ち株比率は10、25%から2、82%まで低下させても、新株予約権1個につき396円の交付がされるから、スティールに過度に財産的損害を与えるとは言えないから、新株予約権無償割当ては相当性を有する対抗策である。
 ちなみに、396円という価格は、これより低額であったとしても、買収策としての相当性を欠くものではない。

( コメント )
1、愛国主義の決定です。日本の企業を守りたかったのです。
 国際自由経済、貿易摩擦、日本市場の閉鎖性の論点から海外の批判が出るでしょう。
 スティールの日本企業買収などは、日本企業などが海外で行っているM&Aに比較すると、小さなものである。海外で日本企業への排外主義の理由とされてしまっては、日本企業の海外戦略が困難になる。
 アメリカは自由経済主義の国ですが、地域的にはそうでないところも、又民族の対立もあり、いつ何時アメリカがモンロー主義に回帰するかもしれません。日本経済は海外での活躍なくしては発展できません。高裁決定が、射程距離が短いことを強調し、日本が愛国閉鎖主義を取ったと誤解されないようなしなければならません。

2、地裁決定では、 
「スティールがグリーンメーラーとの証拠はないが、スティールが経営権取得後の経営方針や投下資本の回収方針を明らかにしないという態度を根拠に、対抗手段が必要とした株主総会の判断が明らかに合理性を欠くものとはいえない」としましたが、高裁決定は、スティールを濫用的買収者と認定しました。
 論理付けは、事実認定→法令の適用→理由付け→結論へと進むのですが、地裁決定の論理付けでは、新株予約権の対抗策の正当性を結論つけるには弱いので、高裁は、事実認定から、スティールを濫用的買収者と認定し、結論を導き出したのです。
 スティールは怒っているでしょう。確かに明星食品では、スティールは儲けましたが、大儲けではなく、小儲け程度です。スティールのM&Aはこれまで全部未遂に終わっており、一度も買収先企業を乗っ取り、資産を売り叩き、焦土化した例はありません。既遂の前科がないのに、濫用的買収者と決めつけるのは、結論を引き出すために事実認定を荒っぽくした嫌いがあります。
 この結果、高裁決定は、射程距離が短いものとなりました。濫用的買収者に対する対抗策としての一事例判例となったのです。
 投資ファンドではなく、本物のM&Aが登場してTOBを仕掛けたとき、この決定は役には立ちません。
 ミタルが新日鐵にM&Aを仕掛けたとき、新日鐵がブルドックソースのような新株予約権発行の対抗策を発動させても駄目です。ミタルは言うでしょう。「無礼者、うちは鉄屋の産業資本である。スティールのような投資ファンドと一緒にしてくれるな」
 この決定が確定すれば、海外の投資ファンドは単体でのM&Aを断念し、産業資本と組むという作戦変更をするでしょう。

3、問題なのは、高裁決定が、新株予約権買い上げ価格1個396円総額23億円が高すぎると言及したことである。この価格が適正か否か、ブルドックソースもスティールも論点にしていないのに、高裁が勝手に言及したのである。高すぎる→スティールに不当な利益を与える、と言及したのである。スティールの株主権の行使に対する対価としては、不当に高いと指摘したことは、高裁は、ブルドックソースがスティールに何故会社の金、すなわち株主の全体の金を23億円もやらねばならぬのかと怒りを示したのである。

4、スティールは最高裁へ抗告した。ここでは憲法が争点となる。
憲法第29条 
財産権はこれを侵してはならない。
 財産権の内容は、公共の福祉に適合するように法律でこれを定める。
 私有財産は、正当な補償の下に、これを公共の福祉のために用いることができる。
 財産権は、原則として侵されない。法律による場合のみ公益に用いることが出来るが、補償がいる。私益の場合にはどうするかは規定がない。公益でも補償がいるのならば、私益の場合、当然補償があるし、公益より厳格な法律が必要となるのが当たり前である。株主権は、私有財産である。
 憲法第29条は、財産権の保障と法律主義を定める。国会の制定する法律でしか制限できない。政令では出来ないのである。まして株主総会にその権限を付与していない。
 ブルドックソースの対抗策は、新株予約権を割り当てて、スティール割当て分は買い上げるという不公平なものです。しかし、実質的に見れば、スティールに割り当てられる新株予約権を強制買い上げすることです。私人が私人の財産を強制的に買い上げる法制度はありません。
 全部取得条項付き種類株式の場合には、株式の強制買い上げができますが、それは会社法にその規定があるからです。会社法には、株主総会での特別決議という厳重な要件、反対者には裁判所への適正価格決定請求権が定められ、私人がその意志に反して不当な手続きで財産が買い上げられないよう手当てしています。
 ブルドックソースの場合、確かに株主総会の特別決議とTOB価格での強制買い上げはありました。しかし、裁判所での価格決定はありません。強制買い上げの対象はスティールだけに留まりません。既存株主の中でも取締役会からスティールの同調者と認定された者は強制買い上げの対象となるのです。株主総会の特別決議で反対票を投じた株主は不安定に地位に落とされています。
 ブルドックソースはスティールのTOB価格で決定したから良いと言っていますが、ブルドックソースは公開買付に対する意見表明書でスティールのTOB価格にはプレミアムが少ない、企業価値を適正に反映していない、要するに安すぎると批判していました。
スティールはTOB価格の値上げを発表しましたが、ブルドックソースは値上げ後の価格を無視しています。
 スティールには強制買い上げ価格の当不当を論ずる法的手段が与えられていません。
 高裁決定は、私人の権利、財産を法律の根拠なく強制買い上げを認めるものであり、現行憲法、法律から言って同意できません。会社法を改正して、全部取得条項付き種類株式のような法制度を定めるのならばよいのですが、現行法から言えば、違法違憲です。全部取得条項付き種類株式でも、特定の株主だけを対象とする強制買い上げは出来ません。株主平等の原則が働きます。

5、そもそも、ブルドックソースは株主総会で8割の賛成票を獲得して株式のスティールへの不売同盟を結成できたのです。これならスティールのTOBの失敗確定と言えるのです。不売同盟の結成をもって、買収防衛策確定とすればよいのに、裏切り者の登場を恐れてか、23億円の利益供与まで決めてしまったのです。余分なことです。

6、高裁決定が、23億円が高すぎる、要するに不当に高額だ、スティールは濫用的買収者と認定したことが気になる。
 23億円はブルドックソースの何年分の利益という。スティールの利益は23億円に留まらない。稀釈されたけど元の2、82%は持ち続けており、売った利益は確定利益23億円に加算される。
 スティールのTOB価格は、当初281億円、値上げして302億円、乗っ取って焦土化経営をしていくらの儲けを予定していたのか。23億円貰えればいい商売になった筈
 会社法第970条は、株主の権利の行使に関し、財産上の利益を供与したときは、3年以下の懲役又は300万円以下の罰金に処す。供与を受けた者も同じ、と規定している。
 この規定は、乗っ取り屋とか総会屋にお引き取りを願うために、持ち株を高値で買い取ることを処罰するのである。
 株主総会で決議したから良い、ということはない。取締役会で乗っ取り屋への利益供与を決定すれば、賛成取締役は共謀で有罪である。株主総会で決定すれば、取締役と賛成株主が共謀したと言える。犯罪は隠れて行うことだけではなく、公衆の面前で行っても、犯罪は犯罪である。
 ブルドックソースはスティールのTOB価格を新株予約権強制買い上げ価格とした理由について、スティールが決めた価格であり、文句がないだろう、そもそもこのTOB価格はブルドックソースの企業価値を適正に反映していないから安すぎる、と言います。だから、ブルドックソースはスティールに利益を供与する認識がない、従って会社法970条違反の故意はない、と言うのでしょう。
 しかし、高裁決定は、濫用的買収者スティールへの買い上げ価格は高すぎると指摘します。ならばブルドックソースがスティールに利益供与することになる。

 ブルドックソースの池田社長は東京地検に行って検事正に面会し、23億円の支払いが会社法第970条に当たらないと信じているが、高裁はあんなことを言っているから、念のため、お伺いに参上したと頼みに行くのが、安全である。
 もしも、地検が利益供与に当たると言えば、買い上げを中止してスティールにも新株予約権を与えればよい。8割の不売同盟が成立しているから、スティールのTOBは失敗しており、今更23億円を供与する必要性はない。

7、池田社長は最高裁へ行って和解を申し立てすると良い。
 スティールの持ち株は稀釈されたとはいえ、まだ2、82%ある。スティールを完全追放して後顧の憂いをなくす為には、全株買い上げが必要である。しかし、市場を通じない買い上げは批判を招く。市場より偉いのが法廷である。法廷でスティールと和解して持ち株を買い上げすれば、それが幾らであろうとも、最高裁立ち会いの法廷であるから、利益供与とはならない。株主総会の承認決議もいらない。自己株式の取得としていいが、ホワイトナイトの第三者による買い上げもできる。
 23億円を得たスティールはあきらめるかもしれないが、面子から再戦を期すかもしれない。軍資金はある。
 法廷の和解で残りの持ち株を買い取ってしまえば全部解決できる。
 ブルドックソースの金庫は空となり、既存株主の利益は大きく侵害されるが、経営者たちの身分は安泰となる。
 スティールだって、今や進退に窮している。十いくつ買収対象先を抱えており、ブルドックソースだけに精力を取られる訳にはいかない。資金が寝てしまっている。話の持ってゆき方では、法廷での和解には乗ってくるだろう。
 しかし悪い前例を作ることになる。買収防衛策に対する法律と、証券取引所の規則整備で解決するべきである。
                  
 スティールは302億円用意してTOBを仕掛けたが、これだけ資金を投下して投資は成功したであろうか。高額配当にも限界があるし、ブルドックソースの資産の担保差し入れをさせれば背任問題も招く。資産の売却に走れば、ブルドックソースの株価は暴落である。
買収防衛策の本筋は、既存株主の持ち合いと不売同盟である。事前警告と新株予約権買い上げはテクニックに過ぎない。これに過信しないことである。

投資指標の中に、解散価値がある。営業をやめて解散して資産を株主に返したらいくらか、という指標である。この指標を目安にして割安株か否かを判断することが一般になされている。常識である。ならば割安株を過半数取得して本当に会社を解散させて残余財産分配を追求しても合法ではないか。 高裁は、株主だけではない、従業員も取引先もいる、と言います。しかし永久に存続する会社などありません。会社寿命25年説もあります。
 作った物は売らねばならない。仕入れた物も売らねばならない。取引は手仕舞いをして完結する。解散の残余財産分配を目的とする投資行動を、濫用的買収者として頭から否定する高裁決定には納得できない。会社の解散に反対したい株主は、企業価値を高めて解散価格以上の株価を実現すればよいのである。市場での株価はその会社の実態を反映し正直である。解散価格を割っている株価は、会社に解散を勧告しているのに等しい。