裁判員裁判10
「DVD録画と取調メモ」2010. 11.26
1、検察官は最近取調のDVD録画を証拠申請することが多くなってきました。
 弁護人が「取調で拷問、強制、誘導があって、自白調書に、任意性、信用性がない」と主張したとき、取調のDVD録画を法廷で放映して、「さあ、見てください。穏やかな取調でしょう。どこにも、拷問も強制も誘導もしていません、被告人の口から、スラスラと自白の言葉が出ているのです」と胸を張るのです。
 これ自体は宜しいことです。
 昔、テープレコーダーが普及し始めた昭和30年代から、取調で録音するようになりました。当時の弁護人が「録音テープを出せ」と請求すると、検察官は「録音していない」とか「捜査の内部資料だから出さない」とか決まり文句のように返答して、法廷は荒れたものです。
 裁判所が中に入って、ようやくテープが提出されたこともありました。なかには、30巻という膨大なテープが提出された仁保事件1954年もありました。本当は、膨大ではありません。30巻は1時間ものなら30時間です。取調は23日間で230時間を越えることも当たり前なのです。取調官は3班交替制で、労基法の労働条件を遵守しながら、被告人に対しては、1日10時間を超える取調を強制しているのです。取調官は、取調は被告人との体力勝負だと言っています。真犯人ならばこの体力勝負のお相手を務めてもいいかも知れませんが、無実の人ならば堪りません。1班2人の3交替制の6人掛かり対被告人一人の戦いなのです。弁護人が取調室に入ってくることはありません。法廷では、弁護人が検察官の尋問に対して異議を申し立てすることができますが、弁護人がいないのです。誘導尋問も脅迫尋問も野放しです。
 昔、提出された録音テープの事件では、テープの編集改ざんが問題となりました。テープを聞くと、時々不自然な断絶音がするのです。音響科学鑑定所に調べて貰うと、編集されていることが分かりました。取調官は、被告人が沈黙したところ、不満を漏らしたところ、言いよどんだところ、取調官が罵声を浴びせたところ、誘導したところをカットしていたのです。
 
2、DVD録画を証拠提出するという検察官の最近のやり方は、一部録画方式です。全部の取調をDVD録画し
  ていません。
 取調は取調室で行います。何日も何十時間も取調が行われ、取調が終結したとき、取調官は自白調書の作成にかかります。
 毎日の日報のように、毎日自白調書を作成するのではないのです。被告人が自白と否認を繰り返していたとき、最後に作成される自白調書には、その繰り返しは出てきません。
一貫して自白していたように書かれるのです。
 昔、警察では、日報のように自白調書を作成した時代がありました。このときは否認と自白の変遷が良く分かったので、弁護人には好都合で、これを追求の材料にして成果を上げていました。
 警察も検察も学習しました。日報方式の自白調書を取ることを止めました。
その代わり、取調メモ方式に変えました。
 否認と自白が繰り返す内は、自白調書を取らずに、取調メモだけを取ります。きつい追求の結果、自白に落ち着いた段階で初めて自白調書を取ることに変えました。ですから、被告人の自白調書を読んでも、否認と自白の変遷が分からなくなってしまいました。まるで最初から自白していたかのような自白調書になっているのです。 
 長い取調が続き、否認と自白が変遷する過程の取調メモが膨大になります。やがて自白で落ちたと見なしたとき、取調官は被告人を休息させ、取調メモを見ながら、何時間も掛けて自白調書の作成にかかります。自白調書には途中の変遷は適当に省略化されています。知らない人が読めば、被告人が最初から温和しく罪を認めていたように見えます。
 弁護人は知恵を絞り、「取調メモを証拠提出せよ」と請求し、検察官は「検察庁には保管されていない。警察取調官の手控えの私文書に過ぎず、開示を予定していない、取調官の個人的メモに過ぎず、捜査の内部資料だから開示しない」と返答して、法廷は荒れました。
 最高裁は平成19年決定を下した。
「証拠開示の対象は、検察官が現に保管している証拠に限られない。検察官が入手容易な証拠も含まれる。
 犯罪捜査規範13条は「警察官は捜査を行うに当たり、公判の審理に証人として出頭する場合を考慮し、及び将来の捜査に資するため、その経過その他参考となるべき事項を明確に記録しておかなければならない」と規定しており、取調メモはこれに該当する。取調メモは個人的メモの域を超え、捜査関係の公文書であり、証拠開示の対象となる」
 最高裁は、平成20年には、取調メモ以外の捜査メモ(備忘録)についても、同趣旨の決定を下しています。
 平成20年最高検は「取調メモを保管せよ」との通知を発しました。しかし「保管すべきでない取調メモは廃棄せよ」との補足通知も発しました。お陰で、現場は混乱し、取調官が重要と考える供述態度を明確に記録した取調メモ以外は廃棄してしまうようになりました。保管と廃棄の基準が恣意的になったのです。中には、取調メモを一切取らない、記憶だけで自白調書を書くという検察官も登場しました。

 自白調書の作成が完了すると、被告人はDVD専用の取調室に入らされ、取調官は自白調書を読み上げ、被告人は聞かされることになる。時々、取調官は被告人に質問して「これでいいね」「君の言い分も書いておいてあげたから」と言いながら、被告人に一つ二つ語らせる。最後に署名指印を押させる。この間40〜60分間DVDが撮影しているのである。
 取調官の長々とした読み上げ、被告人は聞いているか、聞いていないのか分からない、呆然とした疲れ果てた様子、取調官が被告人に聞いているかと催促、被告人のハイハイの頼りない返事
 
3、弁護人が「こんな一部録画のDVDなど何の役にも立たない。否認と自白の変遷を知るためには、取調全課程のDVDを提出せよ。取調官の怒鳴り声がある筈だ」と主張しても、検察は応じません。「予算がないとか、全部録画したら大変な分量になる」とか、言っています。嘘です。全面DVDすると、怒鳴りも、猫なで声も、脅してすかしても、が使えなくなります。警察学校の取調教室での教育を発揮できなくなるのです。
 弁護人が「ならば最高裁の決定に従い、取調メモを提出せよ」と主張すると、警察官は「破りました」と答える。
 最高裁は「取調メモは犯罪捜査規範に定める公文書」と判示しています。この廃棄すれば、公文書毀棄罪、証拠隠滅罪に当たります。
 公務員の経験のある方には、すぐに理解できるでしょう。公務員が職務上作成した文書を個人の判断で廃棄することは絶対にしません。上からの命令以外ありえません。
 警察官は警察庁、検察官は検察庁に所属しています。上は法務省です。平成19年最高裁と闘って敗れた機関です。最高裁の決定を受けて、従う通知を出しながら、半面、廃棄してしまえとも読み取れる補足通知をだすことは、不当です。補足通知の是非について、もう一度、最高裁に裁いて貰う必要があります。
 DVD全面録画、取調メモ開示の問題で、検察は頑なな態度を取っています。しかし、私は楽観しています。裁判員裁判で、裁判員が「DVDを全部見たかった。時間がかかってもいい。誤判で被告人を死刑にしたり、何年も収監することに比べればいい。取調メモを見たかった。何故検察が反対するのか理解できない」との声が高まれば、検察は必ず反省します。
 既に検察官の一部から、その声もあがって来ました。
ですから、裁判員の言論の自由、守秘義務の解除は必要なのです。

4、DVDについての私の提案
 逮捕勾留の23日間での取調時間は、きついもので平均230時間、その内、2日間の検察官取調の内、ラストの読み聞け部分45分×2の90分だけがDVDに撮影されます。
 DVD全面化の弁護人の主張に対して、検察官はDVDを230時間法廷で放映するのは、時間の無駄、裁判員を疲労させると反対しています。
 確かに、一理あります。
 公判前整理手続の検・弁二者協議で、検察官は230時間分のDVDを弁護人に開示する。弁護人はこれを検討して、裁判官・裁判員に見せるべき部分例えば45分に編集する。一方、検察官も例えば30分に編集する。
 この45分と30分のDVDを公判前整理手続で放映して、裁判官に見て貰い、裁判官が公判で放映する部分を決定する。例えば弁護人申請分35分、検察官申請分25分とする。
 公判で、これを裁判員に放映しながら、弁護人は「放映ストップ、今のシーンに注目下さい。取調官が犯行の手口を質問しているとき、右手を回したでしょう。右手で刺したことを誘導しているのです」とコメントを言う。無声映画の弁士のように
 公判前整理手続では、証拠調べはしません。例外は、鑑定と公務所照会です。
 裁判官がDVDを見ることは証拠調べになります。この点が理論的に疑問となります。私は、苦にせずにやってしまえと提案します。
 裁判官は訓練を受けています。疑問証拠を仮読みして、却下の場合、記憶からの消去が出来るからです。
 従って、裁判官が公判前整理手続に於いて、検察官・弁護人から申請された、DVDを見て、その全部又は一部の採否を決定して良い、と提案します。
DVDの全面化が実現したら、捜査・取調の違法は根絶するでしょう。「お前やったのか。聞いてるのか。ウソ言ってもお見通しだぞ。証拠は挙がっている」の罵声がなくなり、取調官は紳士になるでしょう。

5、検察警察は、取調室を自分だけの密室、秘密の魔法の小部屋にしたいのです。
「家族は泣いているぞ、否認を続ければ、家族は村八分だ」と言って、被告人と抱き合って泣いてやる。
 仁保事件では、取調官が被告人の手を握り、抱き締め、私の血の温もりが分かるか、と諭す。有罪を信じている取調官と無罪の被告人との抱擁、シェクスピアも知らなかった極限の小部屋
「否認し続ければ、死刑だ。認めれば何年だ」と選択を迫ります。被告人が動揺すると、カツ丼と煙草を与える。家族と面会させて「遺族に詫びて下さい。村八分になっています」と言わせる。
 検察警察は、絶対にこの小部屋を国民に見せたくないのです。取調官の妻子は腰を抜かすでしょう。お父さん、一体、何をやっているの。

6、名張毒葡萄酒事件1961年 村の婦人会で女5人毒殺 一審無罪、高裁死刑
 被告人は逮捕されて自白、
 取調官に両脇を固められて記者会見での被告人の発言
「ちょっとした気持ちからこんな事件に、亡くなった方になんとお詫びしていいか分かりません」と頭を垂れた。
 逮捕中の記者会見など空前絶後である。人権蹂躙かつ意図的捜査である。
 この記者会見は撮影され、全国にテレビ放映され、中学生の私も見た。酷い犯人だと思い込んだ。やがて公判で被告人が否認に転じたとき、嘘だと思い込んだ。 
認めれば死刑になる事件で、嘘の自白はあり得ない、と信じた。
 被告人は言う。
「否認しているから、家族が村人から村八分にされ、罵られている、と聞かされ、自分さえ認めれば、家族を窮地から救うことが出来る、と思い込んだのです」
 取調の過程を捨象した、結論だけの記者会見のテレビ放映、一部DVDと同じなのです。
 2005年名古屋高裁は再審開始決定、その後
 2006年名古屋高裁門野博裁判長 再審取り消し決定
 2010年最高裁 差し戻し決定

 門野決定「自らが極刑になることが予想される重大事件で、あえて嘘の自白をするとは考えられない」
 門野裁判長はきっとあのテレビ放映を見ていたのです。私が見ていたように。
 覚悟の自殺があるように、覚悟の自白もある。我が身を滅ぼして家族を救わん。
 私は、死刑事件でも覚悟の嘘自白があり得ると信ずるように成長しました。
 一審無罪の裁判官達は立派に仕事をされた。

7、DVDの9割方は取調の読み聞け部分です。
 自白調書の任意性を争っている最中なのに、裁判員の面前でDVDが放映されたことにより、自白調書の朗読がされてしまます。
「画像は証拠だが、検事の読み聞け音声は証拠に非ず、記憶するべからず」と注意を喚起すべきですか、仮読みと記憶の消去実行の訓練を受けていない裁判員には無理な作業です。
 未だ証拠採用されていない自白調書の、事実上の証拠採用朗読です。
 任意性が認められ、自白調書が採用されると、検察官は自白調書の読み上げをします。結局、二回朗読されるのです。裁判員に対する二度読みは印象を強め、裁判所が自白調書を採用してしまった、任意性と信用性の議論の違いが分かりませんから、裁判所が検察官に軍配を上げ、弁護人を敗北させたと思い込むでしょう。裁判員に、裁判官は「弁護人の言うことは信用できない」と言っているとの印象を植え付けるのです。
 何か、良い対策はないでしょうか。
 木谷明裁判官ならば「一応の任意性を認めて自白調書を証拠採用したものの、信用性は別の議論を必要とする。検察官と弁護人は更に信用性について攻撃防御を尽くされたい」と述べて、公平の観点から、裁判員に注意を喚起されるでしょう。