裁判員裁判12−13
「自白調書の読み方」2011. 4. 12
                 2011年1月〜  宮道佳男

B相互作業としての自白調書
 取調官と被告人とが相談して作るのです。取調官だけの創作はありません。必ず被告人の言葉が介在しています。
 右手か左手か、順手か逆手か、取調官と被告人とが相談します。取調官は判明している証拠と矛盾しない限り、被告人の言葉を尊重します。庖丁の刺さった方向からして、右手ではあり得ないのに、被告人が右手だと言うときは、二人の相談は長引きます。被告人が「右手だ、記憶ははっきりとしている」と言い張れば、取調官も同意して、少し無理な体位ではあるが、やれないことはないと、思いつつ、自白調書を取ります。
 被告人の記憶がハッキリしないときは、左手で刺したことで自白調書を作ります。取調官はここで被告人に実演をさせます。演技指導です。被告人が右手左手の記憶がないのに、左手で自白調書を統一させた訳です。被告人が法廷で右手を突き出したら困るのです。ですから、取調官は何度も、被告人に左手で突き刺す演技をさせて、記憶にすり込みさせます。犯行現場再現実況見分調書でも、被告人のその姿を撮影しておきます。自白調書の読み聞けをするとき、取調官はこのくだりを繰り返して読み、被告人に「おい、今のこと、お前の口から言ってみよ」と命じ、被告人は声に出します。台詞を教えているのです。法廷でも同じ台詞を話せるように。
 このように、自白調書は、取調官を編集者とする二人の相互作業であります。
取調官は権力を行使しようとしますが、確たる証拠と被告人のはっきりとした記憶を無視できません。権力に限界があります。被告人の記憶のハッキリしないところで、取調官の創作が始まります。

C弥富父親強盗殺人事件
 父親の死体には腹部に致命傷の庖丁一突きがあり、頸部に微かな切創があった。どう見ても、庖丁の刃先が擦ったようである。
 取調官はこの傷が何か、分からなかった。被告人に聞いても、被告人も分からない。そこで想像できることを二人が相談しあっている内に、庖丁を前ポケットから取り出したとき、刃先が頸部に触り、次に庖丁を引いてから前に突きだし、父親の腹部を突き刺した、というストーリーに落ち着いた。
ここで、被告人は変わったことを言った。「右前ポケット内の庖丁の柄を握っていたが、父親からワンツーパンチを浴び、左手の金槌で応戦しているうち、金槌が奪われそうになり、奪われると、逆に撲殺される恐怖を感じて、右手を突き押ししたら、庖丁が一緒に飛び出てきた。自分は庖丁を握っていることを忘れていた。滑り止め付き手袋をはめていたので、庖丁の柄が手袋に吸い付いていたのです」
 取調官は、これを真に受けると、過失致死になって強盗殺人は飛んでしまうと恐れた。被告人の言う「最初、右手は庖丁を握っていることを知らなかった」と強盗殺人を両立させる理屈を思いついた。
「右手で突き押ししようとしたら、庖丁が付いてきた。自分の目の前に庖丁の刃先が見え、庖丁を払ったら、頸部に触れた。庖丁を握っていることを認識し、右手を後ろに引いて思いっ切り父親の腹部目掛けて突き刺した」
 取調官はこの自白調書ならどうかと提案すると、被告人は「最初庖丁を握っていることを知らなかったことは書いてくれたから、まあいいか」と妥協してしまった。
 起訴後、拘置所で、私が被告人と面会したとき、これが議論となった。二人で話し合った結果、頸部の傷は、殺害後、座り込んでいる父親の背後から左手で庖丁を抜くとき、左肘が折り畳み扉に当たり、反動力でゆり戻ったとき、刃先が頸部に触れたとき傷が付いた、と結論を出した。
 被告人の目の前に刃先が見えた、ということは父親の目の前にも見えたということです。父親は9p背が低いので、刃先どころか刃体全部を目の前に見た筈です。突然庖丁が目の前に登場すれば、どうしますか。庖丁でやられると恐怖し、金槌奪取戦から庖丁に対する防衛戦に作戦変更する筈です。庖丁を奪取するために庖丁を握ったり、素手で払ったりする筈です。当然両手や腕には防禦創が付く筈です。しかし、父上の死体にはそれがありません。腹部の致命傷と頸部の触った傷しかないのです。ならば、庖丁払いはなかったことになる。当然「庖丁払いのとき、目の前で刃先を確認し、庖丁を握っていることを認識」もあり得なくなる。弁護人はこのことを自白調書の問題点として提議しました。

 取調官は、被告人の主張も一部取り入れ、相互作業としての自白調書を作るのです。証拠に合えばいいが、合わないと、自白調書の任意性・信用性の議論の元になります。