裁判員裁判12−14
「自白調書の読み方」2011. 4. 20
                 2011年1月〜  宮道佳男

Dわざと、一部否認自白調書を作るというウルトラテクニック
死体があり、畳には蚊取り線香の焦げ跡が残っていたとき、取調官は殺人と放火未遂を予想します。焦げ跡が大したことなく、逃げるときに誤って線香を蹴飛ばした程度なら、取調で、殺人と放火未遂で容疑者を責め上げておいてから、手打ち式に入ります。
「殺人を認めれば、放火未遂は落とそう」
 容疑者は、儲けたと思って、殺人だけの自白調書を取られ、放火未遂の点は、「逃げるとき誤って香取線香を蹴飛ばしたかもしれませんが、放火する意思など毛頭ございません」との自白調書を書いて貰う。
 公判で、被告人が殺人を否認し、自白調書に任意性がないと主張しても、検察官は「放火未遂を否認する元気があるし、取調官はその弁解を正確に供述調書に取っているから、任意性がある」と主張します。
 取調官は最初から殺人だけの立件を考えていたのです。

E法は教えない
 警察学校の教本「事実を聞け、法を教えるな」
 
 庖丁の刺さった死体があるとき、取調官は殺人か傷害致死を疑います。その違いは殺意の有無です。殺意には、確定的殺意と未必の殺意があります。あれば、死刑・無期・5年以上の懲役、殺意がなければ、傷害致死となり、死刑・無期は回避され、3年〜20年の懲役です。大きな違いです。
 取調官は容疑者にこの違い、特にどんな場合に殺意が認められるか否かを教えません。教えると知恵がつくからです。
 ですから、右手か左手か、順手か逆手か、力はどれだけ込めたのか、を聞きます。
「死んでも仕方がないと思ったか」と質問をします。この回答が、殺人と傷害致死の分かれ道であることを取調官は承知していますが、容疑者は分かっていません。決して教えられることはありません。
 喧嘩や、もみ合いの結果、庖丁を刺した場合、容疑者自身その時の自分の精神状態が分かりません。一時的記憶喪失になっていることもあります。この質問に対して何と答えて良いのか、分かりません。既に、人を刺して死なせたことにハイと答えてしまって、謹慎の意思を表明している容疑者は、この質問に対してもハイと答える事が多いのです。ノーと答えることは謹慎に反するのです。
 取調官は別の質問をすることもあります。
「死んでも仕方ないと思って刺したと見られてもやむを得ません」
 前の質問より1級低下ですが、これでも殺人罪〇Kです。
 この日は、この質問にハイと言わせて、明日は前の質問にハイと言わせるでしょう。「昨日そう言ったじゃないか。同じ事だ」と攻めます。

 喧嘩やもみ合いの結果、庖丁を刺した場合、取調官は正当防衛を考えます。しかし、容疑者から正当防衛の言葉が出ない限り、取調官からは正当防衛のせの字も出しません。法を教えてはならないのです。
 取調官は、双方の体勢はどうであったか、右手か左手か、順手か逆手か、力はどれだけ込めたのか、聞きます。その結果、正当防衛成立と判断したときだけ、「君は正当防衛を主張するか」と質問し、容疑者は初めて正当防衛に気付くのです。
 取調官が正当防衛は成立しないと判断したときは、正当防衛の言葉を容疑者に教えることはありません。しかし、法廷で弁護人が正当防衛を主張したときに、対抗できるように、正当防衛が成立しない事実を、丹念に容疑者の口から言わせておきます。
 例えば、その時、憤怒の感情を持った、相手が死んでも良いと思った、自分の方から先に手を出した、挑発したかと言われれば弁解ありません、言い返した私も悪かったのです、逃げるのを追い掛け止めを刺した、やりすぎたと言われればそうです。
 同じ事は、中止未遂、自首、緊急避難、正当行為についてあり得ます。取調官はその成立を否認したときは、否定する事実を容疑者に言わせて自白調書を取っておきます。
 起訴前弁護のとき、これらを注意し、容疑者に言うべきことを言うように指導しておかなければなりません。黙秘せよだけでは足らないのです。

 私が担当した、弥富父親強盗殺人事件では、正当防衛、過剰防衛、誤想防衛が想定される事件ですが、取調官は強盗殺人路線を追求し、取調で被告人に一度も、正当防衛、誤想防衛、過剰防衛を質問しなかった。本当に正当防衛のセの字も言わなかったのです。
 被告人はその知識が元々なく、当然これらを言うことはなかった。殺す前から強盗の意思があったか、殺してから父親の2800円入りの小銭入れを取る気になったのか、争点になりうる筈でしたが、父親を殺して金を奪うつもりでしたとの自白調書を取って終わりにしており、取る意思の前後で、強盗殺人、殺人と窃盗の違いが生ずること、父親から窃盗しても親族相盗例により刑を免除されることを教えていなかった。
 教えれば、有利な方を言い張るに決まっているから、法を教えるべからず、事実のみを聞け、を徹底していたのです。