裁判員裁判12−17
「自白調書の読み方」2011. 5. 30
                 2011年1月〜  宮道佳男

 第3、自白の任意性、信用性

1、これは難しい法律論です。裁判員に説明するとき、どうすべきか難問です。
特に、任意性を語るとき、違法収集証拠の証拠排除論も合わせて議論するので、任意性・信用性と一括りで説明すると、混乱が生じます。任意性とは自由意思を束縛された状態を意味します。
 私は、違法収集証拠排除(適正手続違反、拷問・強要・誘導・偽計による任意性なし)と信用性の問題と整理します。
 裁判員裁判で、自白調書の任意性が争われ、被告人質問と取調官の証人尋問が実施される前に、自白調書を巡るミニ冒頭陳述が行われるとき、私はこう陳述します。
 裁判員の紳士淑女諸君、検察官から自白調書の証拠取調請求がなされました。弁護人は、自白調書が違法収集証拠であり、かつ任意性がないことを理由に証拠採用に反対し、取調請求を却下すべきだと主張しています。
 この世の議論には、形式論と実質論、手続論と実体論があります。この議論は、形式論、手続論なのです。
 検察官は自白調書の証拠取調請求をして、採用されたならば自白調書の中身を読んで取調してくれと言っているのです。
 弁護人は自白調書の取調請求を却下して、自白調書を読むなと主張しています。要するに、門前払いをしてくれと言っているのです。
 法廷で取調されて朗読される自白調書は、その前に、証拠能力があることが前提です。証拠能力がない証拠は却下されるべきなのです。
 その理由として、違法収集証拠排除(適正手続違反、拷問・強要・誘導・偽計による任意性なし)をあげます。
 適正手続違反の例を言います。
 捜査官がヤクザの組長の家なら何か違法物件があるだろうと想像し、深夜忍び込んだところ、ピストルを発見し、組長をピストル不法所持で逮捕起訴した。検察官が証拠としてピストルを取調請求するが、裁判長は却下します。「捜索令状無しで押収したピストルは違法収集証拠だから証拠能力がない。こんなことを警察に許していたら、令状主義は崩壊する。他に被告人の有罪の証拠がないから、被告人は無罪」と言います。
 組長は「自分は確かにピストルを所持していたのに、無罪とは、法とはそんなものなのですか」と驚きますが、裁判長は「法とはそんなものなのです。捜査官の手は常に綺麗でなくてはいけない。汚れた手でつかんだ証拠は証拠能力が無く、却下となるのです。令状主義に違反した警察をお仕置きする為に被告人を無罪にするのです。将来の違法捜査に対する抑制の観点からのお仕置きなのです。
「君は無罪だ。帰っていい。しかし、二度とピストルなんか仕入れるなよ」と言い、組長は「恐れ入りました」と答えるのです。※2
 検察官が被告人の自白調書を証拠取調請求し、「完全な自白を取れています」と胸を張ります。その時、被告人が裸になって、みみず腫れの背中を披露して、拷問をされたと言います。検察官が「逮捕当初、素直な態度でなかったから、少し痛めてしまったが、自白は本物です」と言っても、裁判長は「自白調書取調請求却下、他に証拠がなければ被告人は無罪」と言います。
 捜索令状違反の適正手続違反、拷問の例だけ、言いましたが、他にも一杯あります。強要・誘導・偽計などです。
 形式論手続論の証拠採用可否は、法律論ですから、裁判官だけが判断します。裁判員は、裁判官の権限だから、関心を持たなくても良い、ということではありません。裁判員は裁判官に意見を言うことが出来ます。ですから、裁判員はこの議論に耳を傾け、裁判官に採用の可否の意見を言うべきなのです。
 裁判官が取調採用決定をしたとき、自白調書の中身が取調され、朗読されます。この時、裁判員は自白調書の中身が信用できるか、判断しなければなりません。これは法律論ではなく、事実論ですから、裁判員の権限の範囲内です。
 法律論と事実論とは密接に関連します。ですから、裁判員は証拠採用可否の議論が始まったときから注意していないと、中身の事実論に参加できなくなります。
 証拠能力はあるとして、証拠が採用されても、中身に信用性がないとして、無罪となった例は山ほど有ります。裁判員は細心の注意を以て見つめてください。
 そして、大事なことは、自白調書が適正手続き下で作成され、任意性があるということを検察官が証明責任を負担するということです。任意性がないとは言えないから証拠採用する、との判断は、大間違いなのです。

※1975年豊橋母子殺人事件で、名古屋地裁は任意性を認め、信用性を否定して無罪としたが、「全証拠を精査しても、被告人の捜査官に対する自白が任意でないことを疑わせる証拠はないから、任意性は肯定できる」と立証責任を誤解する判断を示しています。
 1970年大森勧銀事件無罪の高裁判決「任意性を肯定するについては、なお疑いを払拭することができない」 これが正しい言い方なのです。
※2 無免許運転の現行犯逮捕した者を警察署に連行し、覚醒剤使用を疑い、強制採尿令状を取って、尿の任意提出を受け、覚醒剤を検出して、覚醒剤取締法違反で逮捕状を取った事件で、逮捕状を取るまでの捜査は余罪捜査として違法であり、尿の証拠能力を否定する、との決定があります。
 その他、任意同行と称して為された連行が令状主義違反であり、任意提出した尿の証拠能力を否定する判例は山ほど有ります。