裁判員裁判12−20
「自白調書の読み方」2011. 7. 27
                 2011年1月〜  宮道佳男
1989年覚醒剤取締法違反 浦和地裁1991年判決 裁判官は著名な木谷明
「任意性に関する弁護人の主張が採用しうるか否かは、対立する右供述の信用性如何にかかると認められるところ、右の点に関する判断は、本件の実体に関する判断・・・などとも微妙に関連するので、現段階に於いて、裁判所が最終的な判断を下すのは適当でないと認められる。従って、当裁判所は、現段階に於いて、被告人の各供述調書を一応任意性あるものと認めて、証拠として取調することとするが、右はあくまで一応の判断であって、任意性に関する最終的な判断は、判決中においてするつもりであるから、検察官及び弁護人は、本日の決定に拘わらず、論告・弁論において、右の点について、更に活発な攻撃防御を尽くされたい」
 博学木谷明判事も混乱しているのです。しかし、理屈より実務だ、俺は仮読み記憶消去実行が出来る、との返答が来るかも知れません。
「一応の任意性」などという概念はありません。任意性は有無だけで、無ければ証拠能力無しで取調請求却下しなければならないのです。刑訴319条「その他任意にされたものでない疑いのある自白はこれを証拠とすることができない」 の規定から解釈すると、任意性がないという判断ではなく、任意性に疑いがあるという判断で、却下するのです。任意性の証明責任は検察官にあります。
 任意性が一応しか認められないという判断に至れば、任意性の証明責任が検察官にありますから、取調請求却下が当然の論理の結果の筈です。
 これでは、お仕置きの話にならないのです。
「強制、拷問若しくは脅迫による自白又は不当に長く抑留若しくは拘禁された後の自白は、これを証拠とすることが出来ない」と規定しているのは、憲法第38条です。「信用してはならない」と規定しているのではありません。実務を規定する刑事訴訟法ではなく、憲法に規定しているのです。
 国家と国民の大憲法に、証拠能力の有無だと規定しているのに、この規定を無視して任意性と信用性をごちゃ混ぜにする議論はしてはいけないのです。 

 任意性と信用性の議論をするとき、虚偽排除説、人権擁護説、違法排除説があります。哲学的論争の様相を呈していますが、どれが正解と決めつける必要はありません。全部の説をまとめた、総合説(証拠の森 刑事証拠法研究 2004年 山田道郎 成文堂109 )もあるのです。私は、違法収集証拠排除論から違法排除説をベースに考えています。
 判例は虚偽排除説に立っていると言われますが、個別の判例を読みますと、違法排除説も多いのです。虚偽排除の為の取調環境整備の観点に立つと、もう違法排除説と同じです。
 自白が虚偽であることを認定しながら、任意性は認めるという伝統的判例があります。取調の違法(拷問・強要・長時間取調・偽計)を確認できないからという理由で、この結論を導き出し、信用性の議論に逃げるのです。虚偽自白がなされたという事実は、取調室の場が被疑者の自由意思を保障し得なかった意味で、任意性を否定しても良いと考えます。任意性に疑いありと言うのです。
 弁護人の取調立会権を認めれば、任意性の議論は終熄します。

 実務を見ますと、
@長時間の強要的取調→任意性なし→証拠能力なし、信用性判断に入らず、という単純な論法(日石土田邸爆破東京地裁証拠決定)
@先に信用性判断→信用性なしと判断して任意性疑いあり、という信用性判断先行法(大森勧銀事件 免田再審判決)
A任意性あり→信用性なし、という多くの判例
B任意性信用性を明確に区分することなく、兎に角信用性なしと判断する方法
 と分類できます。
 BとCは、裁判官は、無罪にするにしても、任意性まで否定することに勇気がいる、取調官をお仕置きすることまでには躊躇する、からだと思います。 
 
 実務的には、@取調の違法→A被疑者が自由意思を剥奪される状況ないしは環境=任意性なし →B証拠能力なし=自白調書却下 Cしからずとも信用性なし
 と四段論法を維持すれば、どの説からの批判にも耐えられます。Aを抜いてしまうと迫力を欠きます。
 「馬鹿野郎」と叫んで机を叩いたとかの少しの脅迫があった、少し偽計や家族が自白して真人間になってくれと言っていないのに言っていると嘘を言うとか、程度ですと、刑訴319条の強制・拷問・脅迫とは言えませんから、@というには乏しい。しかし、@とAをミックスすることにより、Bへ論旨を進めることが出来ます。単に黙秘権告知を忘れていただけの事案で自白調書却下に持って行くためには虚偽排除説からはAの一知恵必要ですが、違法排除説なら容易です。しかも、憲法違反と言えます。
 拷問も脅迫もないのに、逮捕後間もなく、被疑者がペラペラと嘘の自白をした場合、任意性がないと判断することはしないでしょう。信用性だけの問題となります。しかし、2010年再審無罪の足利事件のように、誤ったDNA鑑定結果を突きつけて、権威ある公の鑑定が有罪を証明したと、誤導することは、取調官に悪意がなくても、類型的に虚偽自白を誘発させる恐れが大きい。従って、虚偽排除説の観点から、任意性なし→証拠能力の否定→却下とすべきです。
 取調環境が、被疑者の自由意思を剥奪する危険性があるのか否かで、任意性の有無を判断すべきです。この判断を広くすれば、任意性なし→証拠能力の否定→却下の比率は増大します。任意性の判断は難しいから、否定すると取調官を批判することになるから、とためらって、さっさと信用性の判断に入ってしまうことは、違法捜査へのお仕置きの観点を忘れることとなります。誤ったDNA鑑定結果を突きつけることは違法捜査と考えます。黙秘権不告知と同じなのです。じゃ、「お前の指紋が現場から出た」と被疑者に突きつけることはどうでしょうか。事実ならばよいのですが、嘘なら違法捜査でしょう。

浦和地裁平成3年3月25日判決 覚醒剤取締法違反 判例タイムズ760-261
「黙秘権の告知がなかったからといって、そのことから直ちに、その後の被疑者の供述の全ての任意性が否定されることにはならないが・・本件のように、警察官による黙秘権告知が、取調期間中一度もされなかったと疑われる事案に於いては、右黙秘権不告知の事実は、取調にあたる警察官に、被疑者の黙秘権を尊重しようとする態度がなかったことを象徴するものとして、また、黙秘権告知を受けることによる被疑者の心理的圧迫の解放がなかったことを推認させる事情として、供述の任意性判断に重大な影響を及ぼすものといわなければならない。弁護人選任権の不告知も黙秘権不告知の場合と同様、捜査官に被疑者の弁護人選任権を尊重しようとする気持ちがなかったことを推認させる。現実にも、被告人の弁護人選任権の動きを積極的に妨害するような(又は、そう思われても仕方のない)不当な言動があった疑い。検察官や裁判官から弁護人選任権の告知があったこと、被告人が右権利の存在を現に知っていたことを考慮しても・・・警察官の右権利不告知及びその後の言動は、被告人の警察官に対する供述の任意性を疑わせる重大な事由。警察官が被告人にお前が否認するんだったらお母さんをこっちまで呼んで調書を取る、認めれば1年位で済む、検事さんもそう言っている。母親が認めろと言っている、などと告げた言動に関し、必ずしも適当でないにしても、このことから直ちに供述の任意性に影響を及ぼす程ののものではないとの見方もあり得ないではないが、明らかに被告人に対する脅迫とみられるものもあるうえ、母親の言を伝えるものは偽計に当たる疑いが強く、・・その余の一連の言動はそれが文言とおりの意味では、直ちに脅迫・偽計にあたらないとしても、被疑者を不当に落胆させ、また事実を認めれば本当に刑を軽くして貰えるではないかと思い込ませる効果を有する、甚だ適切を欠くものであったといわなければならず、前記脅迫、偽計とみられる慫慂行為とあいまち、供述の任意性に重大な影響を及ぼす」
 この通り、@が足らなくても、AをミックスしてBへ進めているのです。

浦和地裁平成3年11月11日決定 強姦致傷 判例タイムズ796-272 木谷明判事
「取調官の言動は、ただそれだけを取り出して個別的に観察する限り、直ちに明白な脅迫、威迫、恫喝、利益誘導にあたらないとか、その違法の程度がそれ程高くないとみられる場合であっても、これらの言動が、取調の全期間を通じ次第に累積されることにより、被疑者の供述の自由を大きく左右することがあると考えるべきであって、供述の任意性の審査に当たり、現に発せられた個々の言辞のの表面上の意味に拘泥しすぎるのは相当ではない→任意性否定

大阪地裁2007年11月14日決定 判例タイムズ1268号
「高齢で聴力や理解力に難のある被疑者の検察官自白調書の任意性が争われた事件 DVDを検討した結果、撮影した取調状況を前提とする限り、検察官は被告人に対し自己の意に沿うような供述を誘導ないし誤導し、被告人に不利な内容の供述を押しつけるという取調をしたのではないかとの疑いを払拭できず、この取調方法は信用性の有無という程度を越えて、任意性に疑いを生じさせる」