裁判員裁判12−25
「自白調書の読み方」2011. 8. 30
                 2011年1月〜  宮道佳男
1976年放火強盗4人殺しの袴田事件は、パジャマ姿で犯行に及んだと自白しているのに、裁判中に味噌樽からパジャマではない血だらけ衣類が発見されました。これだけでも自白調書の任意性・信用性が否定されるべきですが、死刑が確定し再審請求中です。被告人の実家から押収されたズボンの友布が問題です。狭山事件の鴨居の上の万年筆と同じ。捜査が長期化した頃に被告人宅から決め手の物証が発見されるという不可解さが同じです。二つの再審事件は、この物証を解決しないと難しい。警察官が置いたと想像するのは簡単ですが、想像だけでは再審は通りません。裁判官は捜査官が証拠偽造したと認定することに恐怖感を抱いており、絶対に認定しようとはしません。
 松山事件の掛け布団の襟当ての血痕のように捜査に疑惑を示すのは稀です。再審無罪判決は、捜査官の証拠偽造と断定せず、控えめです。
「これらの点は、掛け布団から取り外された襟当てに血痕が付着した、という想定を取らない限り、容易に解消されないのである。このような血痕の付着状況にまつわる不自然、矛盾、疑問はひいては、この物証それ自体の真正さに合理的疑いをさしはさむ余地を与えるものである」
 弘前事件 1976年7月13日再審開始決定
 開襟白シャツの血痕がいつ着いたか、が論争となり、弁護人は警察が着けたと主張した。「白シャツには、これが押収された当時にはもともと血痕は付着していなかったのではないかという推察が可能となるのであり、そうすることによって・・・の疑問点が解消する。要するに、血痕の付着を前提とする限り、各疑問点を解明する必要があり、この解明ができない以上、疑問を止めたまま、これを事実認定の証拠とすることは許されず、また確率の適用もその前提を欠き全く無意味となるのであるから、結局白シャツ付着の血痕をもって被告人の本件犯罪を証明する証拠に供することはできない」
 松山・弘前事件は再審無罪となったからよかったものの、警察の証拠偽造に対して逃げの姿勢があり、狭山・袴田事件の再審の暗雲である。