裁判員裁判12−27
「自白調書の読み方」2011. 9. 21
                 2011年1月〜  宮道佳男
日石土田邸爆破事件
 この事件では、起爆器端子の赤色塗料が何なのかが問題となった。
 検察官の主張「この事実を自白の真否確認の決め手として厳重に秘匿することにし捜査官のごく一部の者しか知らされてなかった、被告人が警察官から教えられたと主張することは虚言、6年後裁判所の鑑定で赤色塗料が被告人の供述通りラッカーであることが判明し、供述内容の確認が得られた」
 判決「捜査首脳が赤色塗料が端子に付着していた事実を自白の真否を判断する決め手として厳重に秘匿していたという点については、捜査機関内部においてどの程度これが徹底していたか必ずしも十分な証拠はないが、証人に立った取調官らはいずれもそのような知識があったことを否定しているし、捜査官の証言では、捜査段階においては、被告人のラッカーの端子塗布の自白が得られた後も、赤色塗料の鑑定はこれを取ってしまわないとできないし、微量のためこれをなくしてしまっては大変だと考え、法廷でそのままの形での取調が終わった後にした方がよいと考えて、捜査段階では行わなかったということである。しかしながら付着状況については拡大写真等により保存する方法も考えられるし、鑑定方法としても必ずしも付着塗料の剥離溶解を必要とするものに限られるわけではないのであるから、もし検察官の主張するように、捜査首脳が赤色塗料の点を自白の真否確認の決め手と考えていたのであれば、自白を得られた後、何故速やかにその塗料が何であるかを鑑定によって明らかにしなかったのか疑われてくるのである。捜査官の証言によると、警察ではマジックインキかも知れないとという意見もあったくらいであって、捜査の終結時点では塗料が未だマジックインキである可能性も否定されていなかったということになるが、仮にそうだとすれば自白の真否判断の決め手ともいうべき点の確定もなしに、ラッカーであろうとの見込みの元に自白を信用できるとして起訴に踏み切ったということになるわけである。もしそれが事実であるとするならば、本件捜査、起訴全体に重大な欠陥があるといわざるを得ないが、警察首脳や検察官がこのように乱暴なことで捜査を進め起訴に踏み切るとはいささか信じがたいところである。更に、捜査官証言にあるように、塗料の鑑定を公正な裁判所の手に委ねる為に捜査段階における鑑定を差し控えていたとするならば、起訴後6年を経過するまでこれを放置していたということは何とも解せないところである。事の真相は、検察官の主張とは異なり、捜査段階において鑑定書等正規の書類として残さなかったにせよ、何らかの方法で権威者の意思を微し捜査官に於いてラッカーであることを承知していたか、あるいは捜査機関に於いてもこの点は技術的に鑑定困難と考え単に放置していたにすぎないのではないかとも考えられる。しかし、いずれにせよ、捜査機関において塗料の分析はいつでも可能であったのであるから、秘密の暴露にあたらないことは明らかである」

 検察官は秘密の暴露と胸を張るとき、要注意です。本当に秘密の暴露なのかよくよく調べてからでないと言ってはいけません。秘密の暴露が一転否定されると、無罪へ急傾斜してしまうのです。特に死体の発見場所の自白のとき、警察官は自白の前に死体の場所を知っていたということになると、捜査の不正疑惑の浮上となります。これは、秘密の暴露の両刃性と言います。

 秘密の暴露の数
 その数はいくつあれば、良いのか。
 冨士高校放火事件1審判決「被告人の37通の自白調書を子細に検討した結果、一応秘密の暴露ではないかと疑われる点が2点しか発見できなかったということは、それ自体、採証上注意を要する点である」
 検察官が、一つ秘密の暴露があると、胸を張っても、一つくらいで何だと反論できるのです。
 四日市青果商殺人事件 1978年一審無罪確定
 被告人は強奪した85万円の金種が、一万円札80枚、千円札50枚と自白していた。被害者が銀行からおろした直後の犯行で、金種が特定されていたのです。秘密の暴露がありということになります。
 ところが、ポリグラフ検査をしたとき、検査官が金種の質問をするなかで、金種を教えていたのです。これでは秘密の暴露となりません。
(小出正夫・前坂俊之著)

 大正時代の死刑誤判事件 
誤った死刑 前坂俊之 三一書房
 1914年新潟県の農村 農夫が自宅で殺害された。家族4人で共謀して酒乱の父を殺したと自白 4人は自白を撤回したが、1審は、老母、妻、長男、二男に死刑判決 検察官も驚き、老母については、実行行為に参加していないと量刑不当で検事控訴 控訴審で、検察官は4人犯行ではなく、長男の単独犯行と主張した。
 2審は、長男の単独犯行として死刑、3人を無罪 大審院上告棄却
 長男が虚偽の自白をした理由を語る。「私が何で父を殺しましょう。自白したのは一家を思うからです。察してください。父が殺されたその日に一家4人が皆監獄に入れられ、残った者は幼い弟妹ばかりです。70歳近い祖母は監獄で死ぬかも知れません。ここで私が一人で殺したと言えば、3人は助かる。予審で自白しても実際に殺していないのですから公判に回れば真相はわかるだろう。そう思って虚偽の自白をしたのです」
 有罪判決の理由は、鑑定書には、肋骨骨折とあり、長男は予審で「胸を殴った」と自白しており、これは鑑定医と犯人しか知らないことであるから、秘密の暴露ありとした。
 死刑執行後、弁護していた海野晋吉弁護士は記録を読み返していて愕然とした。鑑定書が予審判事の手元に来たのは、自白の前日だったことに気が付いた。予審判事が鑑定結果に自白を誘導したのではないか。
海野晋吉 ある弁護士の歩み