裁判員裁判12−32
「自白調書の読み方」2011. 11. 24
                 2011年1月〜  宮道佳男
3、説明の欠落・無知の暴露
 C 1951年 八海事件 老夫婦強盗殺人事件
 単独犯なのに5人共犯にされてしまった事件
最高裁無罪判決「単独犯は、犯行の手口、犯跡について合理的詳細な自白をしているが、その他の共犯は、説明が曖昧、又は見当違いの説明をしているから無罪」
 差し戻し後の二審無罪判決「吉岡の自白調書を精査しても、被告人らの着衣に関する供述部分は少しも見当たらない。吉岡が五人共犯を自供し始めた頃何らの示唆をも与えないで同人に被告人らの当夜の着衣について任意な自供を求め、これと被告人らの現実の着衣が一致するか否かを確かめたならば、五人共犯自白の真偽を知る有力な資料を得たであろうと考えられるにも拘わらず、このような試みがなされた形跡が些かもないことはまことに遺憾である。しかも阿藤が黒いオーバーを着用していた旨の供述は事実に反し、又吉岡がその夜の被告人らの服装を原審の公判当時全然記憶していないということも不可解なことといわねばならぬ」
D 1969年鹿児島夫婦殺人事件 一審二審有罪 最高裁差し戻し
 自白によると、被告人には金品物色の目的がないというのに、現場には物色の形跡が見られるが、被告人の説明がない。妻の死体は下半身が露出しているのに、自白で何も触れられていないのは不自然と、差し戻した。「被害者妻の死体は下半身が露出するという異常な状態で発見されたものであることが明らかであり、このことは昏倒した後犯人によって何らかの作為が加えられたことを端的に示していると思われるのに、自白からは死体に対する作為をしたことの説明が一切欠落している」
 被告人は強姦か死姦しようとしたかも知れない。ならば被告人はこれを隠蔽しようとする。被告人の自白にこの説明がないのは、これが理由かも知れない。しかし、取調官は当然に被告人に対してこれを追求する筈であり、その問答が為されるべき筈であるが、自白調書にこれが欠落していることについて、首肯すべき事情が明らかになっていないことは信用性を疑いさせる。

@ 仙台地裁2001年4月24日
 現住建造物放火 自白調書に信用性なしとして無罪
 ライターで点火したら、火はどのように燃え上がったのか、どれ位見守っていたのか、その時炎によってどのような光景が浮かび上がっていたのか、それを見て何を考えたのか、真に被告人が放火をしたのであれば、目の前に展開したであろう情景や印象について何ら触れることがない。これら供述内容の欠落は、記憶の減衰で説明できる程度を超えている。

 この説明の欠落は、自白調書への抗弁として有効ではあるが、それは無能な取調官の場合に限る。有能な取調官なら、説明の欠落なんかしない。
 富士高校放火事件の場合、取調官が非常サイレンがけたたましく鳴り響いたことを知っておれば、必ず自白調書に盛り込む。
「で、サイレンは聞いたか」
「えっ」
「サイレンが鳴り響いたことはみんなが聞いている。お前忘れたのか」
 と何度も教育し、その内に、被告人に、サイレンが鳴り響いたのだ、僕が忘れていたのか、それとも興奮していた余り、気が付いていなかったのか、やっぱりサイレンは鳴り響いたのだ、と、二次記憶化させてしまい、その通りの自白調書を取ります。サイレンの音調、ウーウーかカンカンかも教え込んで言わせます。法廷でも言わせて、録音してあるサイレンの音を法廷で再現します。
 有能な取調官は現場主義者である。現場に何度も通い、自ら実験・犯行の再現をする。容疑者が右手で順手と自白していても、死体の傷と合致するのか、実験を重ねるのです。
 有能な取調官でも、見落としはある。真犯人ではない被告人の言葉を頼りにするしかないのであるから、必ず事実と矛盾してくるのを防ぎきれないのです。弁護人はそこを見つけるのです。現場で実験を重ねるのです。

A名張毒葡萄酒事件 第7次再審開始決定
「もし真犯人ならば、ニッカリンの色や匂いについて認識しているはずであるのに、自白は、色についての供述も変遷しあいまいである。このような供述内容は、真犯人であれば当然に分かっているはずの事実を、真実は体験していないために知らないまま、虚偽の自白の内容としていると考えられ、勘違いや故意の虚偽とは考えられないことから、いわゆる無知の暴露に当たるとも考えられ、信用性に強い疑問を投げかける」

B日石土田邸爆破事件 犯人は土田邸に爆弾入り郵便物を郵送し、かつ家人に警戒心を抱かせずに、開披させるため、土田氏と親密な交際関係にあった者の氏名を差出人氏名に冒用したが、被告人が何故それを知り得たかについて自白がないことを信用性否定の理由とした。

C二俣事件最高裁判決昭和28年11月27日家屋侵入3人殺した強盗殺人事件 
 時計のガラス蓋の有無が自白調書の秘密の暴露になるかが大争点でした。動機でこう述べている「事件の1時間前工場に窃盗目的で侵入したとき、縁の下に匕首を発見した。これを見てどこか他所へ泥棒に入ろうという気になったとの自白は、極めて異常なものである。してみれば、被告人が匕首を入手するに至った事情については、被告人の自白以外何らの証拠もないのであって、全く架空のものであるかもしれない。従って、この匕首が手に入ったからこれを用いて殺害したという被告人の自白はその真実性に著しい疑いを抱かざるを得ない」
 自白調書に書かれた動機が異常かどうか検討することから、信用性の議論が始まります。

D八海事件 差し戻し後の2審 無罪判決
 判決は、「吉岡のみが供述し、被告人らが供述していない主要な事柄」という項をもうけて、詳細に論じ、例えば、板戸の9の突き刺し傷は、吉岡のみが供述し、他の被告人らは片言の供述をもなしていない。もし被告人らが真に本件犯行に加担したしたものであれば、それぞれ3.4回にわたる自白供述をなした際少なくとも誰かが前記偽装工作、部屋中連窓の侵入口及びバール、板戸を刃物で9回位突き刺した事実等に関し、多少でもことの真相にふれる供述をしそうなものであるのにも拘わらず、このことがないのは、被告人らがこれらの事実を関知しなかったためではないかと疑わせるに十分なものがある。