裁判員裁判12−33
「自白調書の読み方」2011. 12. 7
                 2011年1月〜  宮道佳男
4、自白の変遷
 
変遷には、@否認のための弁解を繰り返しているうちに自己矛盾に陥る A記憶の再生に伴って誤りを修正していく B架空の体験を供述しているために前の供述を記憶しておらず変遷する、がある。
 昔は、日報のように自白調書を取ったが、最近は、自白が固まるまでは、否認と自白が繰り返されている内は、自白調書を取らなくなった。だから、自白調書を時系列的に並べて見る限り、自白の変遷が分かりにくい。被告人に良く自白の経過を確かめる必要があり、被告人に取調ノートを差し入れて取調の経過を記録させておく必要があるし、弁護人も毎日のように面会し、面会ノートを記録するか、大事な点があれば、公証役場の確定日付付きの報告書を残しておくべきです。
 自白調書に連番を打つことがあった。第1回自白調書、第2回自白調書と表題した。八海事件で、吉岡第2回自白調書が証拠として提出されない。弁護人が請求しても検察官から答がない。最高裁に至って、検察官は「第2回取調のとき、第3回自白調書と書き間違えたから、ない」と回答した。
 昭和32年施行の犯罪捜査規範177条「取調を行ったときは、特に必要のないと認められる場合を除き、供述調書を作成しなければならない」
 ですから、警察官は日報のように自白調書を取っていたのですが、ある時期から取らなくなった。松川裁判で「供述の変遷」を無罪の突破口とする弁護技術が確立したことから、昭和40年代以降、日報方式を止めたと思います。対抗策はDVD全面化です。DVDを日報にするのです。検察官がDVDに反対するのは、廃止した日報が復活してしまい、自白の変遷が法廷に明らかになってしまうからです。

 取調官の取調メモの開示請求をすることが有益であるが、敵もさる者、平成19年の最高裁取調メモ開示決定以来、取調が終わると廃棄するようになった。
 参考人の供述調書の例であるが、参考人の希望により、話したことの一部を供述調書に書かない場合がある。この時、取調官は、書かなかった部分とその理由について捜査報告書に書いておくことがある。これを開示させれば、参考人供述の変遷や矛盾が分かる。
 容疑者についても、自白調書を取らなくても、取調に対する態度で顕著なことがあれば、捜査報告書に書いておくことがある。これを開示させれば良い。

 自白の変遷があると、何故、任意性・信用性が疑われるのか。
 否認→自白→否認→自白と変遷すること、
 犯行態様が、絞殺→縊死→手ぬぐいで窒息と変遷すること
 自白が変遷すること自体から、容疑者が真実を語っていないこと、現場にいなかったことを示しているのです。取調官の想像質問に対して、ハイの迎合から始まり、質問に対する迎合回答が証拠と矛盾するとき、変遷が始まるのです。
 特に鑑定結果が途中で変更されたとき、鑑定医が「絞殺じゃない、縊死だ」と言い出すと、自白調書の変遷が始まります。変遷の背景に何があったか、取調官が何か新しいものをつかんだか、考えるべきです。
 山中事件最高裁判決 平成1年6月22日 判例時報1314号
「共犯者とされる者の供述の内、犯行態様、屍体隠匿状況について、変遷、動揺があるが、このような変遷、動揺は、現実に体験していないことを想像に基づいて供述しているために生じたのではないかと疑う余地がある。・・共犯者の軽愚という知的能力の障害を考慮すると、それらの想像が取調官の質問内容等によって影響された可能性を否定しがたいものと思われる」
 自白論の中で、自白の変遷は、秘密の暴露とか自白の矛盾とかに並んで論点です。しかし、これを過大視してはいけません。変遷論は単体では迫力がありません。必ず、秘密の暴露とか矛盾論とか誘導尋問とか説明の欠落と合体させないと効果的ではありません。
 狭山事件有罪の高裁判決昭和49年10月31日「自白とさえいえば、被疑者や被告人は事実の全てを捜査官や裁判官に告白するものだ、これが先験的必然であるというかのような独断をまず設定したうえで、そこから出発して被告人の供述の微細な食い違いや欠陥部分を誇張し、それゆえ被告人は無実であると弁護人は終始主張している。これは短絡的思考であり、自白の変遷が被告人の供述心理から一般にあり得ることで、一概にその真実性が否定されるものではない」
 同最高裁判決昭和52年8月9日「供述者は供述時に記憶を失ったり、又は間違えた記憶に基づいて供述をする場合があるほか、意識的にせよ無意識的にせよ自己に有利に事実を潤色して供述し、あるいは、自己に都合の悪いことについては供述を回避し、又はあいまいな供述をすることがある。その供述内容が終始一貫し、客観的証拠との間にいささかのくいちがいもなく述べられることはむしろ稀であるから、供述内容と客観的証拠との間にくいちがいがあるからといって、直ちに供述全体が真実性を失うものと評価することは正しくない」
 この通り、自白の変遷だけのテーマで勝負をしてはいけない。裁判所は供述新理論から、被告人は意識的無意識的に供述を操作すると見ているのです。ですから、+αが必要です。弁護人が言う、@人は真実を語るA真実は変遷しないB変遷した自白はウソ、という三段論法は供述心理学から間違いであり、この点は裁判所が説く方が正しい。