裁判員裁判12−36
「自白調書の読み方」2012.1.25
                 2011年1月〜  宮道佳男
昭和54年死体なき殺人事件 青森県野辺地町 地裁無罪 高裁判決控訴棄却
 判例時報1154-3
 漁港の未亡人が行方不明となった事件、愛人が疑われて自白、浜小屋で殺したのか、海上で殺したのか、自白は変遷するも、遺体を海に投棄して行方不明、物証はない。浜小屋にも漁船にも血痕無し。
「自白の変遷は、果たして被告人が実際に自分が体験した事実を記憶に基づいて供述しているのかどうか、換言すれば、被告人が供述しているような犯罪行為が実際に存在したかどうかの蓋然性をも疑わしめる程度に達しているとみるのが相当
 体験していないからこそ、自白が変遷するのです。
 検察官の控訴趣意は、自白に変遷は認められるが、被告人は最も自己に有利な、換言すれば最も自白しやすい形で供述したが、その不自然性、不合理性を指摘されて次第に本件の実相に合致する供述をするに至ったことが看取され、原判決が捜査官の押しつけ、ないし誘導を疑うこと自体、事件捜査の実態を無視した不合理なものといわざるを得ない、というのである。
 そこで、検察官の所論に即し、具体的に検討する。
 自白が、頭をコンクリートに打ち付けて殺害したから、鼻孔部を手でふさいで殺害したへと変遷しているが、変遷前の言い方が、一時の激情に基づく犯行を装って有利である、という。
 しかしながら、被告人が被害者のうなり声を聞かれては大変だと判断し、被害者の口を手でふさいだ旨、犯行の手段方法が偶発的な、とっさの判断に基づくかのように述べており、またコンクリートに頭を打ち付けたという手段の方がより残忍であるとも解されるのであり、一概にいずれが被告人にとって有利であるとも決しがたい」
 高裁判決が検察官の控訴趣意に答えることは他にもありますが、煩瑣になりますから割愛します。研究したい人は原判決に当たられたい。特に補注することは、検察官の「変遷は時間の経過の中で起こりうること」との所論に対して、判決は「変遷は記憶喚起の過程に於いて起こりうるもので問題視するに足りないということはできない」とのべていることです。