裁判員裁判12−6
「自白調書の読み方」2011. 2. 23
                 2011年1月〜  宮道佳男

@試されたときの心境 ハイと言うときの精神状態
 任意同行初日に自白することも、何日かたってから自白することもあるが、その動機は色々ある。
 被告人に対する取調圧力の、反作用としての自白
 取調官は、確たる証拠も持っていないのに、「お前がやった」と言い続ければ、容疑者はどう返事するか、というだけの期待、事は単なる好奇心の試し尋問なのであるが、やられている容疑者は精神的に堪らない。
 理解して貰えなければ、もうどうでも良い、との諦め、絶望感、自暴自棄、投げやり、法への無知、家族思い、その場しのぎ、疲労困憊、から、ハイと言ってしまう。
 ハイと言わないと、もっと酷いことにならないかとの恐怖心
 押し売りに、いつも買わされてしまうと嘆いている、気の弱い奥さんは、ハイと言わないといけないかと思い込んでいる。
 ハイと言ってみたら、事態はどう変わるのだろうか、との単純な発想からの、ハイ
 軽罪事件に多いが、「泊まっていくか」と怒鳴られ、会社も学校もある、泊まる訳にはいかないから、その夜だけの方便として、ハイ
 精薄者に多いが、尋問の意味が分からず、ハイ
 否認を続けていると、家族は村八分になる、家族を助けるためには、自分が犠牲になればよいのだ、と覚悟の自殺みたいな、覚悟の自白の、ハイ
 取調官「接見禁止だが、特例で家族と面会させてやる」
 面会すると、家族から「お前が否認し続けているから、世間様が許してくれない。子供は学校に行けない」と泣きつかれて、ハイ
 売り言葉に買い言葉、 居直り下手  
「じゃあ、やったことにしといて下さい」
 取調官「そんな返事じゃいかん。はっきり、ハイやったと言え」
「じゃ、・・・ハイ」
 連日、十何時間の取調、硬い椅子に座らされ、腰が痛い。痔が悪化する。持病が再発する。取調官は3交代制で元気がよい。体力負けする。留置場で、同房者から「法廷で否認すればいいんだよ。警察で責め殺されたら、お仕舞いだよ。豚箱から拘置所に移管すると、飯がよくなる」と助言されて、ハイ
 松山事件 警察は前科者を同房に送り込み、自白洗脳工作。
 前科者は取調の要領を知り尽くしている。刑事の配下、手先、回し者、となった前科者は、成功の暁のご褒美に目がくらみ、警察官が出来ない恐ろしい罠を仕掛ける。
 取調官「否認していると、死刑、無期、自白すると何年、執行猶予何年。お前はまだ若い。30代の内にやり直しができるようにせよ」
 20代は災難だったと諦めようと、ハイ
 完全に死刑判決しかあり得ない事件でも、取調官「お上には情けがある。罪一等減ぜられることもある。恩赦というものもある。お前の態度次第だ」
 これに惑わされて、死刑確実なのに、ハイ
 もう一つの言い方 宗教的説法「刑のことなんか、考えてはいかん。今は真人間になることが大事だ。死んだ人の冥福を祈りなさい。お前が否認していては、故人は成仏できない。念仏を唱えなさい。君を抱き締めてあげよう。僕の暖かい血の温もりを感じなさい。君も思いっ切り僕を抱き締めなさい」
 で、南無阿弥陀仏と唱えて、ハイ
 1954年6人殺しの仁保事件で、取調官が被告人との抱擁落涙をやった。
 狭山事件の取調官「お前はいろいろなドロボーでどっちみち10年刑務所だ。殺しを自白しても、10年で刑務所から出してやる。これは男と男の約束である」
 1970年大森勧銀強盗殺人事件「黙っていると、証人に出て死刑にしてやる。誰それはタクシー強盗殺人しながら4年で出てきた。銃刀法や窃盗は事件にしない。4年で出してやる」
 1970年豊橋母子殺人事件 死刑確実なのに、取調官の説教
「まだ迷っているのか。諦めるしかないじゃないか。儂は戦地に行った。しかし死ななかった。人間死ぬ気になれば怖いものはない。勇気をだすのだ。もうここまで来たからには、もうどうすることも出来ないんだ。君に出来ることは検事さんにお願いすることだけだ。私たちからも良くお願いしておくから、一日も早く更生して真人間になることだ。
 刑務所では、職を手に付けることも出来るし、勉強していろいろ免許を取ることもできる。映画だって、運動会もある。真面目に一生懸命勤めれば、仮釈放で出られる。君は若いからまだやり直しがきく」
1975年四日市青果商殺人事件 一審で無罪確定
「何もそう心配せんでもよい。お前が刑を受けても10年か8年だ。天皇陛下が死んだらその半分になる。もう天ちゃんも年やないか。長いこと生きとらん。そしたら5年位になる。又真面目に勤めたら仮釈放で3年くらいで帰ってこれる」
 昭和天皇は1989年まで長生きしました。しかし、天皇崩御の恩赦まで、説教の種に使うとは、畏れ多いことです。取調官は不敬罪で懲役ものです。
 精薄者、暗示に乗りやすい性格の人、迎合型の人、催眠術の手法
 取調官が、やった、やったと繰り返すと、やっていないけど、自分が忘れているだけで、本当は無意識下でやったのではないか、錯覚して、ハイ
 この心理状態が妄想までに至れば、精神病理学の対象となるが、妄想以下ならば、心理学で言う二次記憶化と言い、非日常的心理状態であって、異常心理ではない。
甲山事件の若い保母
 自白したら、弁当二人前、署内散歩自由、ピンポン将棋OK、署長が風呂場で背中流し、余りの好待遇に、ハイハイハイ
 松川事件、最初に自白した赤間被告人に対する好待遇例 1審2審では死刑判決
 差入のこない容疑者はカツ丼・煙草に飢えている。取調官から与えられると感激する。お手柄をあげたくなる。管内の未解決事件を聞き出し、私がやりました、と言い出す。これはもう、ハイのレベルを越えている。身替わり自首のようだ。侵入窃盗事件で管内未解決事件一挙解決の事例で、これがあった。
 弁護人から「たわけ、1・2年増しで済むと思うな、常習が付いて、8年行く気か」と叱られて、怖じ気付いた。拘置所ではもう取調官が差入に来ないからね。
 容疑者が、ハイと言うと、簡単な自白調書をまず取る。取調官は上司に報告する。「落ちました」
 「よし、まだ半落ちだ。しっかり固めよ」