裁判員裁判12−61
「自白調書の読み方」2013.3.13
                 2011年1月〜  宮道佳男
11、言葉の発案者は誰だ。

 難しい言葉、捜査用語、法律用語、ある特定の人しか用いない言葉、方言が自白調書に出てきたら、弁護人は被告人に聞くべきです。
「この言葉は君の口から出たのか。誰かに教えて貰ったのか」

1970年豊橋母子殺人事件
 被告人が自白に追い込まれたとき、殺人の動機を問われ、殺していないから動機を語る事が出来ないが、語らないと、最初のハイがウソと罵倒されるから、仕方なく「奥さんから小言を言われたのでカッーとして」と話しました。
 しかし、取調官は、この動機では、奥さんを殺し、子供もまでも焼死させることにはならないから不満であり、動機はイロと思い込んでいた。イロで自白させなければならない。そこで、性的衝動から、と教え込んだのです。
「お前が言わないのならば、俺が言ってやる。お前は事件前から性的興味を強く持っていた。そして機会を狙っていた。言い寄ったところ、拒絶されたので、殺したのだろう」
 性的衝動という言葉は取調官の口から出て、被告人に記憶させて口写しさせ、自白調書に書いたのです。
 取調官は動機も手口も教えてしまうのです。
 警察学校の教本「容疑者に教えるな、語らせよ」
 おしゃべりな性格の方は取調官に向いていないのです。
 自分が想像した、犯行の動機、手口を容疑者に自慢・披露することなく、ひたすら、容疑者からの自主的自白を待つという忍耐心のある方のみ、取調官としての適格性があります。県警本部の人事担当は心すべし。
 まず、おしゃべり、自慢話の好きな男、軽薄男、大袈裟男、馬鹿阿呆たわけを追放しなさい。

犯罪捜査規範第179条
供述調書を作成するに当たっては、次に掲げる事項に注意しなければならない。
1、形式に流れることなく、推測又は誇張を排し、
2、必要があるときは、問答の形式をとり、又は供述者の供述する態度を記入し、供述の内容のみならず供述
  したときの状況をも明らかにすること。
3、供述者が略語、方言、隠語を用いた場合に於いて、供述の真実性を確保するために必要あるときは、これ
  をそのまま記載し、適当な注を付しておく等の方法を講ずること

 容疑者の口から出た言葉以外の表現を供述調書に書けば、この179条違反となるのです。取調官の証人尋問で聞くのです。
「自白調書に書いてあるこの言葉は、本当に被告人の口から出たか」
「君の言葉に被告人がハイと答えただけだろう」
 容疑者が「たーけ」と言ったとき、取調官はこのまま書き、「たーけは名古屋弁にて、東京弁の馬鹿、大阪弁の阿呆なり」と書かなければなりません。
 これを略したり、容疑者が「くそたーけ」と言ったとき、関西人の取調官は「ど阿呆」と書いてはいけません。名古屋では、くそたーけはど阿呆より強烈で、宣戦布告を意味するからです。

 裁判官は自白調書の言葉を被告人が述べたものと思い込んでいます。実際には「述べている」ではなく「書かれている」のです。
 米谷事件 昭和27年女性57歳殺人事件懲役10年 再審無罪
 1審の裁判長の被告人に対する質問「警察で第二回目の取調のとき、『私は顔を知られていましたので、後で何かおきると大変だと思い、その付近にあった紐のようなもので首を絞めた』』と述べ、その翌日の取調では『私が首を絞めたときには殺すつもりはありませんでした。ただ無我夢中で脅かす気持ちでやったのであります』と述べている。これでは、警察の言うとおり、ハイハイと答えたといえないではないか」
 被告人「答えなし」
 裁判長は「述べている」と言いましたが、被告人は述べていません。自白調書に書いてあるだけなのです。裁判官は自白調書に書いてある事柄を皆被告人が述べたと誤解しています。弁護人がよく取調官の作文と主張しますが、裁判官は滅多にこれを認めようとはしません。書いてあるだけなのに、述べたと追求され、被告人が絶句したのが「答えなし」なのです。
 自白調書は、取調官からの無数の質問に対する被疑者の回答がなされ、取調官はその中から有罪の方向の自白を選択して作文する。取調官が証人尋問を受けても、取調の全貌を証言せず、被疑者の無罪方向への自白などなかったと言い張り、自分の取調の合法性を強調してやまない。
 英国判事デブリン卿「警察官という者は証人として出てきても、自分の捜査の非をいささかなりとも認めようとしない」

 殺人か傷害致死かが議論になっている事件、取調で取調官はこう聞きます。「死んでもしようがないとか、死ぬかも知れないと思ったのか」
 被疑者は思う「憎い奴だったからそう思ったかも知れない」と
 書かれた自白調書「相手は死ぬかもしれないと思いましたが、かまわず突き刺しました」
 被疑者はこの自白調書を読み聞かされて、何か違和感を覚えますが、大したことはないと思って署名します。取調官はじっとその姿を見つめています。法廷で自白調書が朗読されたとき、裁判官は「未必の殺意を認めている」と思います。
取調官は法的テクニックを使い、被疑者は知らなかったのです。