裁判員裁判12−68
「自白調書の読み方」2013.5.2
                 2011年1月〜  宮道佳男
16、アリバイ工作
 被告人がアリバイ工作をしたことを有罪の積極的根拠にすることがある。
 自白+アリバイ工作=有罪 補強証拠がなくても有罪とします。
 アリバイ工作を自白の補強証拠のように扱うのです。
 1972年山中温泉事件 被告人は事件時友人の所にいたとアリバイを主張し、友人が出廷しそれを否認した。被告人の父親が出廷しその夜は自宅におり、その時見たテレビ番組を説明する証言をした。被告人は記憶違いに気が付いて父親の証言通りにアリバイ主張を訂正した。しかし、二審の有罪判決「被告人のアリバイ供述の変更経緯自体はなはだ不自然であるうえ、その変更理由も首肯しがたく、家族の証言は関係証拠に比照して信用しがたく、結局被告人のアリバイも到底認めるに由ない」
 被告人と家族は面会のとき立会官がいるので事件の話を避けていたから、父親の証言を聞いて被告人が始めて自分の記憶違いに気が付いたことはあり得ることであるが、有罪方向からしか被告人を見つめない裁判官にはこのように判決されてしまう。早期のアリバイ主張は間違いやすい。犯行から月日が経過していれば特に間違いやすい。主張したアリバイが間違っていれば、ウソのアリバイを主張したと取られてしまう。ですから、確実な裏付けのないときは、アリバイ主張をしないことが賢明です。弁護人と打合せが出来てから公判でする。それまでは黙秘すべきです。早めにアリバイ主張をすると、捜査官に潰されてしまう。捜査官はアリバイ証人を取調べて、潰す供述調書を取っておく。アリバイ証人が出廷すると、それを弾劾証拠として突きつける。アリバイ証人が確かに被疑者と会ったと供述しても、捜査官は「それは別の日だろう。確信があるか。警察の捜査とはこうなっている。違うと言えるのか。泊まって貰う」と言えば、もう抵抗できる人はいない。
 家族のアリバイ証言を頭から信用しないのは裁判官の特徴です。確かに、かばいたい心情はある。しかし、逮捕から接見禁止、面会しても立会官付きの状況下で、被疑者と家族がアリバイ打合せが出来ることはない。家族がアリバイ証言をすると、偽証罪で追求してくることは多くの例がある。偽証罪の恐怖を乗り越えての証言に信用性を認めるべきです。
 多くの裁判では、アリバイ工作の露呈は有罪への近道となっていますが、例外もありました。
 1979年貝塚市ビニールハウス殺人事件
 一審は被告人がアリバイ工作をしたと認定しました。当初多数の関係者のアリバイに関する供述が一致し、その後警察が証拠隠滅罪の逮捕圧力で、関係者がアリバイ否定の供述に変遷したことを理由としている。
 二審、関係者のアリバイ供述の変遷は警察の圧力によるものとも考えられる。証拠隠滅罪による逮捕の根拠は薄弱であり、警察の想定と異なるという以上のものではなかった。被告人のアリバイの成立を認めるに足る証拠はないと言うべきであるが、また同時にそのアリバイが虚偽のものであるとまでは断じがたく、従ってその成立の可能性を否定しきれないというべきである。仮に、アリバイ工作と認められる事実が存在したとしても、それによって、自白の任意性、信用性が裏付けられるわけではなく、また、物証について自白との整合性を吟味しなくてもよいというわけではない。
 要するに、二審は、アリバイ工作は、自白の補強証拠にはならない、と言うのです。
 そうでしょう。本当に無罪の人が、窮地を脱したいために、アリバイ工作に走ることもありえます。その場合、アリバイ工作に失敗したことを根拠に、捜査を妨害したお仕置きとして、有罪にすることは、自白に補強証拠が必要とする原則をなくしてしまうこととなります。
 荀子 鳥は窮すれば啼き、獣窮すれば咬み、人は、窮すれば、即ち、偽る。
 警察官はアリバイ潰しに狂奔します。被告人はその夜私と一緒にいたのだ、と供述する友人に、証拠隠滅で逮捕すると脅迫します。友人は怯えて供述を後退させます。すると、警察官はアリバイ工作を摘発したと勝利宣言をして裁判官を惑わすのです。
 これは実に多いのです。被告人が友人に口裏合わせを頼んだとき、検察官は必ず法廷で叫びます。証拠隠滅して反省なし
 しかし、荀子曰く、人は窮すれば偽るが本性、検察官が叫ぶほどの話ではないと思います。検察官には武士の情けはないのですか。
 水打ちに足袋を濡らされた侍、刀に手を掛けるが、土下座する町人に「下郎を切っては刀の錆、今後注意いたせ」と立ち去るのです。

1977年結城殺人事件
 一審 アリバイ証言を排斥して有罪
 二審 被告人のアリバイが成立すれば、捜査官側の本件全構図は一挙に崩壊してしまう。捜査官側がアリバイ崩しのため関係者に相当の圧力をかけたことは、容易に想像される。従って、アリバイ関係者の供述は、これら圧力との相関関係で吟味される必要がある。無罪

2001年7/17福岡高裁 覚醒剤取締法関税法違反再審判決は、被告人がアリバイ工作をしていても再審無罪と判決した事例
「たとえ、被告人が虚偽のアリバイ工作をしていたとしても、真実無罪の者の場合でも、自己の無罪を認めて貰おうとして虚偽の自己のアリバイ工作をすることもあり得る」