裁判員裁判12−7
「自白調書の読み方」2011. 3. 1
                 2011年1月〜  宮道佳男

@外部との遮断、拘禁性ノイローゼ
 家族友人との面会が禁止されているから、外部の状況が分からない、情報源は取調官だけである。「家族が村八分になっている。家族が早く自白して真人間になって欲しい、と言っている。親は勘当だ、と言っている」と、なんとでも被告人の感情を操作しうる。
 豚箱と呼ばれる独房、看守から見張られて大小便をしなければならない屈辱、臭い飯と呼ばれる食事に嫌気がさし栄養失調、密室の小部屋の取調室、一日10時間を超える脅迫強要の取調、犯人扱いされ、自尊心を喪失させられてしまう。拘禁性ノイローゼになります。

A誤導 誤解させて誘導する。取調官が共犯者が自白したとウソ。
 1929年横浜陪審法廷 情婦が主人との情交関係から放火したとされた事件
 3日間開廷 証人21人
 被告人「本当は自白していない主人が自白したから、自白せよと言われ、図々しいアマと罵られ、認めれば早く帰してやると言われた。ミシン油という放火の手口まで教えられた」
 取調刑事が出廷して陳弁するも、陪審員は「被告人が理路整然と説明するのに、お前の説明は腑に落ちない。もっと分かるように説明できないのか」
 50分の評議で、無罪評決

B詐話術 偽計
 1970年豊橋母子殺人事件
 犯行時刻に被告人は下宿にいるというアリバイがあった。取調官は隣人の不確かな証言から、下宿にいなかったはずだと追求し、被告人のアリバイ崩しに狂奔した。アリバイ崩しは捜査の邪道です。成功しても、犯行の証明にならないからです。アリバイは、あったとき容疑から消す役割があるだけで、ないからといって有罪の根拠になしえない。
 隣人は犯行時刻に被告人の車が下宿の前に駐車していたかを質問され、何日も前の出来事を記憶しているはずもなく、曖昧な証言をしていたが、取調官の誘導で「駐車していなかった」式の供述調書を取られた。この供述調書を武器に被告人に「ウソを言っている」と厳しく追及したのです。隣人は法廷で記憶はしていない、と証言しています。
 取調官の詐話術が始まりました。
 店に行ったこと、殺人を起こしたことを自白させるのが取調の目的だが、アリバイの矛盾だけを突いて、店に行ったことだけを自白させよう。そこで止める。「店に行ったのなら、お前が殺したか」とは絶対に聞かない。店に行ったと自白を取れば、それだけを一部自白として、逮捕状を取る。
 寸止めの詐話術なのです。
「君は勘違いしているのではないか。君は店に寄ったと言うと、自分が犯人にされてしまうと思っているのではないか。君が店に寄ってもおかしくはない。君がやっていないと言うのならば、店に寄ってもいいのではないか」
 被告人はこの詐話術に欺された。店に寄ったと言って、納得してもらえるものならば、自分は犯人ではないから、店に寄ったという位はよいかと思い「店に寄った」と言ってしまった。
 取調官はこの自白調書を取ると、直ぐに裁判所へ走った。犯行を否認していたが、店に寄ったと一部犯行を認める自白を始めた、という理由で逮捕状の請求をしたのです。裁判官は首をかしげ「まだ殺人を自白した訳ではないから逮捕状は出せない、本当に殺人を自白してから、逮捕状を執行しなさい」と注文を付けて逮捕状を許可したら、取調官はすぐさま逮捕状を執行し、「君を逮捕する。所持品を机の上に出しなさい。ベルトを外せ」と任意取調から強制逮捕に変更したのです。
 逮捕状が読み上げられ、裁判官の名前も告げられ、被告人は世界が逆転する恐怖感に襲われたのです。注文を付けたのに、逮捕のダシに使われた裁判官は迷惑です。しかし、本当は逮捕状請求を却下すべきだったのです。現在、警察からの逮捕状請求は殆ど通っています。裁判官は法が何のために逮捕状審査を裁判官に委せているのか、良く考えるべきです。 
 任意取調でも恐ろしいものですが、逮捕は、ベルトを取り上げられることから始まり、身体的自由の剥奪という、屈辱感、刑罰的恐怖感を与え、ウソの自白へと導いていくのです。
 被告人が「やっぱり店には寄っていない」と言うと、取調官は「じゃ、君はウソを言ったのか。いい加減にしろ。もう店に寄ったと供述調書に取ってしまってある。今更ダメだ。今晩は寝かさんから覚悟せよ」
 そこへ見計らって、上級捜査官がやってきて「本当の話をしないから、みんなに怒られるのだ。諦めなさい。諦めるしかないではないか。夜も遅い。ここにいるみんなも家に帰れないのだよ」
 ボケと突っ込みの二人役
 被告人は、絶望し、犯行自白調書を取られてしまった。

 逮捕状が自白強要の手段とされる例は山ほど有る。
1986年122人選挙供応無罪事件
 被告人の市会議員が毎日警察に出頭して任意取調に応じているのに、簡単な否認調書を添えて「逃亡の恐れあり」と逮捕状請求した。裁判官は分からないから許可してしまった。  

 詐話術が成功する場合もある。
 1980年名古屋女子大生誘拐殺人事件
 取調官は容疑者に話しかけた。
「心の優しいお前にはこんな事件は出来ないよ。お前は彼女を隠しているのだろ。どこかの喫茶店で働かせているのだろう。彼女を心配している家族に出してやったれ」
 容疑者「出せません。私が殺してしまいました」