裁判員裁判12−73
「自白調書の読み方」2013.6.7
                 2011年1月〜  宮道佳男
20、偽計・誤導・誘導
 1929年横浜陪審法廷 情婦が主人との情交関係から放火したとされた事件
 3日間開廷 証人21人
 被告人「本当は自白していない主人が自白したから、自白せよと言われ、図々しいアマと罵られ、認めれば早く帰してやると言われた。ミシン油という放火の手口まで教えられた」
 取調刑事が出廷して陳弁するも、陪審員は「被告人が理路整然と説明するのに、お前の説明は腑に落ちない。もっと分かるように説明できないのか」
 50分の評議で、無罪評決

 偽計尋問は、切り違え尋問とも言います。横浜陪審裁判では、否定されましたが、戦前戦後を通じて合法だとされていました。
 例えば、大阪高裁 昭和42年5月19日 判例時報503-81
 妻の共犯者が既に自白したと夫の被疑者に告げた例
「偽計を用いた尋問方法は決して望ましいものではないにしても、単に偽計を用いたという理由のみでこれを違法視することはできない。ただし、頑強に否認する被疑者に対しては事案の真相を明らかにするためかかる尋問方法を用いることもやむをえない場合があり、偽計を用いて被疑者を錯誤に陥れたとしてもそれによって得られた自白は自白の動機に錯誤があるに止まり虚偽の自白を誘発する蓋然性は少ないからである。換言すれば、偽計に虚偽の自白を誘発する蓋然性の大きい他の要素が加わった場合にのみ、よって得られた自白は任意性なきものとして排除されるべきである」
 判例時報の評釈では「虚偽排除説に傾く最高裁の傾向を追う判決である。学説として、誘導的尋問や人をおとし入れるような質問など国家機関としての品位を損なうような方法で得られた自白は法廷に顕出することは許されないという人権擁護説(平場)、誘導的方法ないし欺罔的方法による供述が任意性をもつかどうかについては必ずしも一概に言えない、その方法の違法性およびそれが被告人の心理に及ぼした影響が強制に準じるものであったかどうかなどという折衷説(団藤・鴨)がある」
 古い英米法では、偽計尋問は許されていたが、1966年ミランダ判決で確定的に否定された。ドイツ刑事訴訟法第136条「欺罔、催眠術によって、被疑者の意思決定及び意思活動の自由を侵害することを得ず。法の規定せざる利益を約束することは禁止される」
 日本の戦前戦後の実務では当たり前のことのようになされていた。昭和27年三堀博検事「犯罪捜査法」、昭和32年出射義夫編「任意捜査の限界」では、「否認する被疑者の取調には、暴力と脅迫以外のあらゆる工夫によって、懺悔と更生の道に立ち帰れるように説得する熱意が必要」と書き、当然の捜査法としている。
 
 前記大阪高裁の上告審 昭和45年11月25日最高裁大法廷判決 全員一致
「捜査手続きといえども、憲法の保障する刑事手続きの一環である以上、刑訴法1条所定の精神に則り、公共の福祉の維持と個人の基本的人権の保障とを全うしつつ適正に行われるべきものであることに鑑みれば、捜査官が被疑者を取調べるに当たり、偽計を用いて被疑者を錯誤に陥れ自白を獲得するような尋問方法を厳に避けるべきであることはいうまでもないところであるが、もしも偽計によって被疑者が心理的強制を受け、その結果虚偽の自白が誘発されるおそれのある場合には、右の自白はその任意性に疑いがあるものとして、証拠能力を否定すべきであり、このような自白を証拠に採用することは、刑訴法319条1項の規定に違反しひいては憲法38条2項にも違反するものといわなければならない」
 判例時報の評釈「従来の虚偽排除説に立ちながらも、人権擁護説または違法排除説の方向に一歩踏み出したのではないかと考えられるふしがある」

 これで判例は確定したはずであるが、実務は変わらなかった。
 その後も、昭和47年鈴木政吉警察官「被疑者取調の実際」、昭和52年警視正綱川政雄「被疑者の取調技術」では、偽計尋問を推奨している。