裁判員裁判12−74
「自白調書の読み方」2013.6.12
                 2011年1月〜  宮道佳男
1946年香川県榎井村の射殺事件 1994年再審無罪
 共犯者とされた被疑者に対して「主犯吉田がお前と一緒にやったと自白したぞ。現場の弾丸と主犯が持っていた拳銃との線状痕が一致したぞ。お前は一緒に行っていただけで何もしていないから、罪は軽いからすぐに帰れる」
 共犯者とされた被疑者は「自分はかかわっていないが、主犯とされた吉田は他の友人と組んで事件をやったが、その名前を言えないので、自分の名前を出したのではないか。彼を助けるために、彼の言うとおりにウソの自白をすればよい」と思いこみ、その筋書き通りになぞる自白をした。ウソ自白の心理過程を示す一例である。拷問や強制だけではない。被疑者が独自にウソを考えつくことがある。
 共犯者とされた男は公判で起訴事実を認める答弁をしたが、その時主犯とされた吉田と再会した。吉田が犯人と思い込んでいたが、否認する姿、弾丸の線状痕が拳銃と一致しないとの鑑定結果を知り、第3回法廷で「吉田はやっていない」と叫んだ。しかし、裁判官はその姿を真剣に見ようとはしなかった。

 平成22年4月27日最高裁判決 殺人・放火事件 1審無期、2審死刑 
 判例時報2080-135
44歳の刑務官が養子の妻とその子を絞殺して放火したとされる事件。自白以外証拠がないが、被害者宅マンション階段踊り場の灰皿の吸い殻から被告人の唾液DNAが検出された。被告人は被害者が被告人の携帯灰皿を持ち帰り、この灰皿に捨てたと弁解したが、1、2審はこの弁解を信用できないとし、被告人がマンションを訪れ犯行に及んだと認定した。被告人は被害者のマンションの所在も知らないと主張していた。最高裁は、吸い殻が変色しており、相当以前に捨てられたものとして被告人の弁解を排除できず、被告人が当日被害者マンションを訪れたと認定できないと破棄差し戻した。
 2010年鹿児島裁判員裁判強盗殺人事件で、被害者宅から被告人の指紋が検出され、被告人は被害者宅へ行ったこともないと弁解した。直接証拠は何もない。しかし、無罪の判決が出た。これと類似する事件である。
 最高裁田原睦夫裁判官補足意見
「取調官により被告人に相当程度の暴行が加えられたことが優に認められる。加えて、その取調の際には、吸い殻は灰皿に存したものであったことが取調官において明確に認識されていたにもかかわらず、被害者宅から被告人のDNAが検出されたとの前提での誘導尋問を繰り返し延々と行っているのであって、それらの事実からすれば、被告人の供述調書の証拠能力を肯定する余地はないものと言うべきである」
 取調官は「指紋が出た。DNAが出た」と嘘を付いて取調する。否認している被告人は「違うのに、そこまで証拠が揃っていれば、否認していても無駄だ。認めて刑の軽減を求めようか」と嘘自白への誘惑圧力に屈することになるのです。
 この判決は、合理的疑いを超える証明に関する平成史上画期的判決です。
 足利事件でも、菅谷被疑者は誤ったDNA鑑定を突きつけられて自白してしまった。取調官は鑑定が誤ったものとは思っていないが「何々の証拠から明らかだ。有り体に申せ。否認していると罪が重くなる」式の追求的取調をすることは、類型的に虚偽自白を誘発することが大きい。よって、この式の自白は虚偽排除の観点から証拠能力を否定されるべきである。
 練達な取調官は被疑者に証拠を見せない。見せると、被疑者がその証拠に合わせる供述をするようになったり、又、ここまで証拠が揃っていれば否認しても通らず、より重罰になってしまうと、妥協的自白を始めることを恐れるからです。
 被疑者は殺人を否認している。兇器の包丁は発見されている。この時、練達な取調官は「包丁で刺したか」とは聞かない。「何で殺したか」の質問に終始し、被疑者の口から「包丁で刺した」の言葉が出てくるのを辛抱強く待ちます。
 短気な取調官はつい「包丁で刺したのか」と怒鳴ってしまい、被疑者は「ああそうか。兇器は包丁なのか」と記憶にすり込みます。そして、否認しているとより罪が重くなると心配したとき「包丁で刺しました」と自白し、取調官は満足するのです。取調官殿、貴方が教えたのです。
 事件記録を読んでいると、練達な取調官は少ないことが分かります。
 すぐ「証拠は挙がっているんだ。指紋が出た。DNA鑑定が出た。ポリグラフ検査結果が黒と出た」と言っています。勿論、事実のこともあるし、ウソの引っかけ試し質問のこともある。後者は絶対にいけません。事実のことであっても、虚偽自白を誘発する恐れがありますから、絶対に言ってはいけません。
 これは警察学校の教本にも書いてあることです。
 犯行態様についてもそうです。取調官は死体解剖報告書から、傷口、回数、血の飛散状況から犯行態様を既に予想しています。しかし、練達の取調官は決してこれを話したりしません。じっと被疑者の口から語られるのを待ちます。もしも、被疑者が証拠と合わない犯行態様を自白し始めたとき、取調官は、ノートを閉じて「君、嘘を言っているね」と諭します。半田風天会事件や豊橋母子殺人事件を担当した神谷・奥野・天日警部補らはそのようにしたのです。