裁判員裁判12−78
「自白調書の読み方」2013.7.9
                 2011年1月〜  宮道佳男
松川事件 AがB〜Gまでの6人と謀議したと自白、内2人が他所にいたことは確実であったので、検察官は、Aは2人については記憶が混同し錯覚しているから、Aの自白のその余の自白全体の信用性に影響を及ぼす事由とみるべきではないと主張した。
 判決 Aの出席した謀議は1回だけである。Aが思い違いするようなことは通常あるまいと考えざるを得ない。Aの左右にいたとされる2人がいなければ、誰なのか、Aは左右に誰もいなかったのに誰かいたと錯覚したことになるのであろうか。Aが出席したという謀議の存在そのものに疑いが生じ、ひいては自白全体の信用性に疑いを抱かせるゆえんである。
 正しい論理なのですが、反対意見はこう言います。これが枝葉or根幹・大筋説です。
 松川事件第一次最高裁田中反対意見「単に供述の間に矛盾変転があるからといって、これら二謀議の存在を否定するのははなはだ早計である。裁判官は種々の原因や動機から無意識的にまたは意識してなされる真実と虚偽が混合した供述から真実を把握するのである。裁判官は同一人の二つの矛盾した供述のいずれか一つを真とすることもできれば、その二つの真実性を否定することもできるのである。矛盾した二供述は相殺されて零となるものではない」
松川事件第二次最高裁下飯坂意見「原判決は被告人らの供述を寸断分解しその中にある穴を拡大鏡にかけて無理に拡大誇張し、そこにいかにも捜査の欠陥や行き過ぎが有るかの如く想定し、ひいて供述全体の信用性が崩壊しているかの如く言っているのである。しかし被告人の供述にしろ、証人の供述にしろその全体が悉く真実に合致するものではなく、細部において真実から外れていることもあるのである。そうした供述こそあるいは真実を端的に伝えていると云いうるかもしれない」
 枝葉or根幹・大筋説は、自白調書の中に一つ二つ事実との矛盾があっても、その他が、具体的かつ詳細にして臨場感があれば、自白調書の大筋での信用性を認めて有罪にする説です。反対説は、自白に一つ二つ矛盾があれば、自白調書全体の信用性を疑いしめるとします。私は反対説に立ちますが、この両説の分かれ道は何でしょうか。事実との矛盾があれば、その矛盾の理由を解明しなければなりません。その理由が、記憶違いとか単なる錯誤とか判明できればいいのですが、その理由を遂に説明できないまま終われば、やはり自白調書全体の信用性を疑うことにしなければなりません。
 松川事件第一次最高裁多数意見「人には記憶違いや錯覚ということがあり得るし、記憶力には個人差があり、また人として、記憶が薄れるということもやむを得ない。そして記憶違いや錯覚にはその是正ということが考えられ、また記憶の喚起ということもあり得る。しかし、それには理由がなければならないし、まして前記のような、重要にして、事いやしくも自己の行動に関する事項について、記憶違いしたり、錯覚を起こしたりするというが如き事は、甚だ稀な事象であると考えざるを得ない。・・太田自白における右のような供述の変更や虚偽は、これを被告人太田が他意あって殊更に事実を曲げて供述したことによるとみるべき節もないとすれば、それは同人が、あるいは、自己の経験しなかったことや記憶の薄れたことについて、取調官から尋ねられた際、ただひたすら迎合的な気持ちから、その都度、取調官の意に副うような供述をしたことによるのではないかとの疑いさえある・・どこまで真実を述べたものか、またどの供述に真実があるのか、その判断に苦しまざるを得ない」

 転覆謝礼金 被告人Aは謝礼金を貰ったと自白し、他の被告人も次々と自白した。自白の伝搬には取調官の誘導がある。しかし現金の授受使い道の裏付けがとれず、二審判決はこれを虚偽架空と認定するも、他の自白を認めて有罪とした。謝礼金の自白が虚偽ならば、転覆共謀の自白も虚偽としなければならない。犯罪に謝礼金がともなっているのならば、それは枝葉ではなく根幹・大筋と見るべきです。最高裁は原判決を破棄差し戻ししました。