裁判員裁判12−8
「自白調書の読み方」2011. 3. 9
                 2011年1月〜  宮道佳男

Eハイの取消・撤回
 容疑者が一旦ハイと言うと、その後撤回、取消をしようとしても、取調官は絶対に許さない。
 証拠を持たず、確信を抱かなくても、見当、見込みで取調に入った取調官は、「やっただろう」との試し尋問をして、手応えがあったと思うとき、それが誤解であろうとも、易者になった気分で、追求を重ねる。
 やがて、ハイの返事があったとき、取調官の見込み感触は一気に確信にまで沸騰する。もう取調官が元の感触に復帰することはない。彼は容疑者を落としたのです。
 容疑者がハイを取り消ししようとし、「やっぱり、やっていません」と言い出すと、取調官はその時ウソを付かれたと確信し、激怒するのです。
 前のハイがウソ、今の否認が本当とは、絶対に考えません。
 前のハイは取調官と容疑者との誓いの言葉と思い込んでいるのです。女に裏切られた男のように、激怒し、嘘つきと罵ります。自分が欺されたとは認めたくないのです。
「やったと言ったじゃないか。お前は嘘つきか」
 この質問は容疑者の精神をえぐります。
 嘘つきと言われたくないために、否認を撤回し、又ハイと言い出す、愚か者が出てくるのです。事件のウソ、ハイのウソ、前者の方が大事なのに、後者を優先させてしまうのです。その原因は、何日間の取調室の密室での、容疑者と取調官との人間関係です。取調官が構築しようとした、疑似親友関係に、呑み込まれてしまったからです。真実よりも家族よりも取調官を愛するという容疑者特有の心理状態に支配されているのです。そう、その為に取調官は、容疑者に同情し、悩みを聞いてやり、煙草を与え、家族からの伝言を取り次いだのです。
 法廷に行く被告人に取調官が付き添う。自白を撤回しないか、心配なのです。 被告人は取調官に微笑みます。罪状認否で、間違いありませんと答えて、取調官の方を向く。二人で連帯の挨拶をするのです。
 死刑判決が下りたとき、被告人は愕然として、傍聴席を振り返り、取調官の姿を探しますが、いません。お上にも情けがあると言ってくれたじゃないか。
 取調官に面会を求めても、もう来ません。
 稀に来たとき、被告人は「貴方の言うとおり、自白して、手柄を立てるのに協力してあげたのに」と愚痴ると、取調官は一礼して去って行くだけです。もう彼は貴方に用はないのです。

「言ったじゃないの」 酷い、反論不能の言葉です。
 女が男に言う
「愛していると言ったじゃないの」
 時間と場所、条件を無視した、問いかけに絶句する。
 確かに、過去にそう言った。反論が不可能なのです。

「やったと言ったじゃないの」
「自白したんでしょ」
 否定すれば、嘘つきになる。
 だから、否認を取り消して、又ハイと答えます。
「それでいいんだ。手間をかけさすなよ」
 取調官は煙草を与えます。
 何故、容疑者がハイから否認に一旦転じたかを、深刻に考えません。
 まあ、死刑事件だからな。迷いがあるのは当たり前だ。
 と、余計に有罪の確信を深めるのです。