裁判員裁判12−86
「自白調書の読み方」2013.10.11
                 2011年1月〜  宮道佳男
 24、自白の総仕上げの、あがりの自白調書
 罪体についての取調が終わり、勾留期限が迫ってくると、最後の自白調書を取ります。テーマは、反省の意思、態度、贖罪感情です。
 たいていは、「とんでもない事件を起こして反省しています。被害者の方には何と申し訳して良いか分かりません。終生ご冥福を祈ります。取調の最初に否認してお手間を取らせました。今後は真面目に働いて更生しますので寛大な処分を宜しくお願い申し上げます。」
 否認と自白強要の時は、恐ろしい顔つきをしていた取調官もこの日は教誨師のような顔をしています。被告人がぐずぐずして、反省の言葉が出てこないとき、取調官は「じゃ、罪が軽くなるように書いてやる」と被告人が言ってもいない言葉を書き始めます。第2段階では、被告人と取調官との相互作業で、取調官は被告人に教えた言葉を一旦被告人の口から語らせる作業をしますが、第3段階では、取調官は面倒くさくなり、早く帰りたいので、勝手に作文を始めます。
 ですから、あがりの自白調書には、被告人が口にしたことのない、難しい用語が出てきます。
 贖罪、更生、真人間、被告人が使ったことのない丁寧用語、敬語、取調官の使う方言・言い回し方
 あがりの自白調書を良く読みなさい。取調官の文才が分かります。
 被告人は既に観念して自白していますので、どんなあがりの自白調書でも署名します。
 この、あがりの自白調書さえ取っておけば、もう大丈夫、公判で否認に転じられても、「反省すると言ったじゃないの。否認してお手間を取らせました、と言ったじゃないの」で対応できるのです。
 このお終いの自白調書は、取調官にとって、一丁あがりの自白調書なのです。どんな事件でも、最後の締めはこれです。

 私が担当した強盗殺人事件では、変わった、あがりの自白調書があります。読んだとき、驚きました。
 反省の意思を問われた被告人は、又殺人の動機話と思い、「昔殴られた。父親が憎い、反省なんかしとらん」と答えました。
 いつものあがりの自白調書を取りに来た取調官は当てが外れ、これでは罪が重くなってしまうと嘆息し、適当なものを書いてやると作文を始めました。その自白調書の内容は、被告人の話では、
「素直に申し訳ないと言えないのが正直なところです。父は身勝手な人間で、暴力を振るったりした父を憎み恨んでいました。私がこの手で殺してしまったのです。私の心の中にあった、父への恨みや憎しみは日に日に薄らいでいっています。私の父に対して素直になれない気持ちは、自分自身で意地を張っているという事もよく分かっていますが、こんな私になったのは、父のせいだと思いたいのです。今後私の父に対する恨みや憎しみが、さらに和らいで行き、父へ心から謝れる日が来るかも知れません。私はこれから父に素直に謝れる様になれたらよい、いや、そうならなければいけないと思っています」
 取調官としては、反省の言葉がないが、せめて何とか、あがりの自白調書の体裁を整えるために、知恵を絞ってこんな自白調書を作文したのです。頭の悪い被告人の口からでるような言葉ではありません。文章に品があるのです。この自白調書には取調官の教養の高さが見えてきます。
 しかし、取調官の精一杯の誠意と文才は分かりますが、あがりの自白調書としては異例です。裁判官が読めば「被告人は反省しとらん。重罰だ」と思うでしょう。
 弁護人が自白調書とは取調官の作文だ、と主張し、検察官は被告人の言葉だと論争してきました。この論争を避けるために、最近の取調官は、言わせたい言葉を被告人の口から言わせるようにし、その姿をDVDに撮影します。勿論、口述教育している部分は撮影しません。
 ですから、まるっきり取調官の作文という例は減ってきたと思いますが、あがりの自白調書のようなものは、作文が今だに色濃く残っているのです。
 あがりの自白調書を良く読みなさい。取調官の言葉と意思の羅列です。