裁判員裁判12−89
「自白調書の読み方」2013.10.26
                 2011年1月〜  宮道佳男
 26、利益供与・約束
検察官が自白すれば起訴猶予にしてやると言った案件
 最高裁昭和41年7月1日判決 判例時報457-63
「被疑者が起訴不起訴の決定権をもつ検察官の、自白をすれば起訴猶予にする旨のことばを信じ、起訴猶予になることを期待してなした自白は、任意性に疑いがあるものとして、証拠能力を欠くものと解するのを相当とする。しかしながら、自白調書を除外しても、犯罪事実をゆうに認定できるから原判決を破棄する事由にならない」
 原審では「被疑者は検察官の起訴猶予の言葉を信じ、これを期待して自白したとしても、そのことは自白の動機に過ぎず、取調自体の違法は認められないから自白の任意性は否定できない」
 この実例は本当に多い。特に警察官の利益供与は度が過ぎている。しかし、法廷で警察官が認める筈もなく、水掛け論で終わっているのが、実情であり、取調の全面DVD化が望まれる。

1946年香川県榎井村の射殺事件 1994年再審無罪
 共犯者とされる男に「お前は現場にいただけで、殺人をやっていないから刑は軽い」と、否認せずに自白すれば、軽い刑で済むと言った。
1974年大阪地裁 70件の窃盗事件 無罪判決 
(前坂俊之著 冤罪と誤判)
 刑事から好待遇を受けたのでウソの自白、1800件自白し70件起訴
 以前世話になった刑事から「ええ事件があれば教えよ。多いほど手柄になる。何件あっても刑は同じだ」と言われた。
 現場見分の名目で、ボウリングを楽しむ。
 喫茶店・貸本屋へ遊びに連れて行って貰った。
 刑事が3000円小遣いをくれ、刑事の炊飯器を使って自由に自炊した。
1977年千葉地裁 5年間に2008件の窃盗自白 取調官は検挙率に貢献したと表彰された。現場引当や取調室で80回飲酒を受けていた。地裁は5件を除いて無罪判決 

 日本では、違法排除説、虚偽排除説の立場から、利益供与約束をした自白に任意性は与えられない。
 アメリカ1897年最高裁ブラム判決「いかにわずかであっても、直接のあるいは暗黙の約束によって自白は得られてはならない」
 1970年ブラディ判決「単身身柄拘束され、弁護士によって代理されない被告人による自白については、ちょっとした寛大な取扱の約束でさえ自白を禁止するに十分であろう。そのような被告人は誘導にあまりに敏感であり、彼らへの影響の可能性は無視できないほどに大きく、評価が困難である」
 その後、アメリカではこの議論は下火になっていった。ミランタダルールにより黙秘権と弁護人選任権の保障、厳格な証拠法が確立される反面、答弁取引が多用されていった。「謀殺ではなく故殺にしてやる」の提案は、全く利益供与約束なのであるが、弁護人が介在することで合法化される。弁護人が介在することで、任意性がクリアーされるのです。被告人と弁護人が陪審裁判を選択すれば、陪審法廷で厳格な証拠法の下に裁判が行われ、答弁取引を選択すれば、証拠法など捨て去って私的自治原則の下で、謀殺が故殺に落とされ、あるいは本来無罪であったかもしれないのに、故殺で手打ち式裁判をするのです。9割は答弁取引で決着し、陪審裁判に進むのはごく少数です。そうしなければ裁判所は回っていかないのが現状です。アメリカのこの曖昧な方式は、弁護人介在を理由とする、私的自治原則、当事者主義です。弁護人の取調立会権を認めない日本ではまだ導入できる基盤がありません。弁護人が検察官と同等な権限が与えられ、真の当事者にならなければ無理です。日本の裁判員裁判制度では、重罪事件は必ず裁判員裁判適用とします。争いのない事件まで裁判員裁判として裁判所は超多忙です。昭和の陪審裁判は、被告人が選択できました。判事裁判を選択する理由は、陪審員裁判の方が有利との確信を抱けないこと、裁判費用が被告人負担となること、控訴が出来ないこと、当時は控訴すると何かしら減刑があり得たことが挙げられています。
 将来、裁判員裁判に、選択制を導入するときが来ます。その先に答弁取引導入が来ます。このテーマは長い期間を必要としますし、本題とは離れますので、この程度にしておきます。