裁判員裁判6
 欧米の陪審員裁判 」2010. 3. 2
1、証拠法
 英米の証拠法は、陪審員に対する不信から出発している。証拠自体の価値よりも、陪審員に与える偏見とか予断を排除するように工夫されている。とかく陪審員は証人の信用性を外見とか答え方に依拠することがよくある。被告人の前科や手錠姿を陪審員に見せないことは、この理由である。
 容疑者が事件後自殺を図ろうとした事実は、多義的解釈を伴う。しかし陪審員は真犯人だからこそ自殺を図ったと想像しがちになる。だから、この事実を陪審員に示さない。
 容疑者が事件後警察に盗聴されていると他人に告白した事実もそうである。これらは危険な状況証拠と言われている。陪審員に示さない。
 自白してから否認に転じたケース、陪審員に自白調書を見せない。
 英国では、自白調書の任意性が争われたとき、取調官以外に2人の警察官証人を必要とする。
 裁判長の言う合理的疑いを超える証明の意味が分からなくて、ある陪審員が自宅で辞書を引き、評議でこの辞書を持ち込んで議論し有罪の評決をした。控訴審でこれがばれて破棄差し戻しになった判例がある。法廷に提出された証拠以外を見てはならない、裁判長に質問せずに辞書を引いたことがいけないのだ。

 中世法での証拠排除法、証人適格性の排除
14歳未満、奴隷(古代では、拷問されない奴隷、奴隷は拷問しないと真実を語らないと思われていた)、救貧法の適用を受ける貧困者、知的障害者、偽証人、前科者、親友、奉公人、敵対者、伝聞供述人
夫婦はお互いに証人になれない。
兄弟の証言は、刑事裁判では許され、民事裁判では許されない。
イングランド1547年法 2人の資格あるかつ適法な証人
 1641年マサチュセッツ人権宣言 死刑判決には2人もしくは3人の証人
 17世紀、イングランドで、伝聞証拠排除原則が確立
証拠は出所から離れれば離れるほど弱まっていく。

2、裁判地の選択
 黒人の被告人は黒人の居住地での裁判を選択する。
 0Jシンプソン裁判で無罪となったのは、検察が黒人の多い裁判地を選択したミスによる。白人の多い犯罪地を選択すればよかった。庁舎建て替え中で殺到するマスコミを処理しきれないという理由だと言われる。
 統一教会の文鮮明はアメリカ人に同情されていないと思っていたので、陪審員裁判を避けて判事裁判を選択した。

3、評決不能 ハングジュリー
 11対1で評決不能となる例は殆どない。1人は最後には説得されて同調するからだ。2人から3人もそうだ。少数は説得されてしまう傾向にある。
 8対4で、評決不能となる例は多い。アメリカで6%
 検察官は諦めて起訴を取り消すか、軽罪での司法取引に転ずるか、断固陪審裁判を続けるか、決断に迫られる。
 
4、英国での陪審制の後退
 スコットランドは元々イングランドとは法制が異なり、全員一致ではなく、15人の単純多数決である。
 1919年から女性陪審員が登場
 1972年から陪審員の資産資格撤廃
 1933年大陪審廃止
 1967年全員一致から10対2へ 有罪の多数決評決をしたとき、陪審員長はその数を明言し、無罪の時は言わない。
 1988年専断的忌避廃止、理由付き忌避は残る。英国ではアメリカと異なり、弁護人は陪審員に質問できない。職業さえ聞かない。

5、ノートを書く
 ルイジアナ州では、陪審員が傍聴の際ノートを書くことは禁止される。
 昔、文盲が多かった。陪審員の誰かが評議の席でノートを読み上げて、こう認定できるとか、有罪とか無罪と言うと、文盲の陪審員は神父様が聖書を読み上げる姿に見えてくる。だから法廷での記憶だけで評議せよ。
 カルフォルニア州では、ノートを書くことは許される。但し法廷から持ち出せない。
 英国では、ノート自由
評議中、陪審員の一人がある人の証言調書を読みたいと言っても、お前一人読んでどうする、記憶だけでやれと裁判長に断られる。陪審員全員で読むのならば許される。

6、陪審員による尋問
 ジョージア州では禁止 他州では裁判長の裁量による。
 陪審員が証人尋問すると、時にはふてぶてしい態度に接して感情的になり公平な判断が不能となる、陪審員が対決当事者になってしまうとか、尋問したら証人に泣きつかれて涙友達になってしまうからだと言われている。
 又、陪審員が尋問し、検察官・弁護人から、誘導尋問とか異議が出ると、個人的に腹を立ててしまうからとも言われている。
 日本では、裁判員は裁判長の許可を得て尋問できる。

7、陪審員個人評決の開示
 有罪無罪の評決答申の後、裁判長は検察官弁護人の求めに応じて陪審員個人の評決を質問することがある。全員一致制であるから必要がない筈だが、念のためということである。
 ある時、有罪の評決答申の後、個人開示が求められ、一人の陪審員が「やっぱり無罪だ。あなたたちはあそこで私を屈服させたが、ここでは屈服しません」と言いだし、ハングジュリーになってしまったこともあった。
 日本では、多数決主義で、評議の秘密の観点から、何票対何票とか、個人評決を明らかにしない。

8、ジュリーナリフィケーション 
 訳が難しいが、法の無視、有罪だけど無罪、の意味
 南北戦争前に逃亡奴隷取締法があり、逃亡奴隷を匿うことが犯罪とされた。しかし北部州の陪審員は匿った白人を無罪とした。逃亡奴隷取締法は存在するが、守らなくても良いとの判断である。
 1985年反アパルトヘイトのデモ隊がシカゴの南アフリカ領事館に不法侵入した裁判で、陪審員は無罪評決した。
 法よりも陪審員の判断を上位とした。
 日本では、水俣病のデモ隊がチッソ本社に不法侵入してチッソ社員を殴った裁判で、チッソの公害企業責任が放置されているのに、不法侵入や傷害程度で処罰することは公平ではないとして、裁判所は公訴棄却判決をした例がある。

9、陪審員の日当
 州裁判所では、平均10〜20ドル、最低5ドル、連邦裁判所では30ドル

10、裁判長の説示
 弁護人の最終弁論と検察官の論告求刑の後に、裁判長は陪審員に説示をする。証拠上、法律上の論点について解説するのであるが、有罪への示唆は禁止される。無罪の示唆は許されるが、稀である。どの州でも説示の模範例集が部厚い本として用意されており、裁判長は長々と朗読する。合理的疑いを超える証明については、この本の丸読みであり、1時間も2時間も続くことがある。説示のコピーを渡す州もあれば、渡さない州もある。その州は文盲が多かったから、記憶だけでやれと強調する。

11、陪審員の守秘義務
 英国では厳格、アメリカでは自由、被告人の無罪祝賀会に陪審員が参加することさえある。

12、民事陪審
 アメリカ憲法第7条 訴額20ドルを超える民事裁判は陪審による。
 陪審員 6〜12人
 全員一致 連邦裁判所 50州の内20州の裁判所
 特別多数決  30州の裁判所 5/6 3/4 9/12 2/3 単純多数決はない。
 民事陪審は勝敗のみならず、金額まで決める。但し裁判長は減額しうる。
 民事裁判の内、陪審を選択するのは、僅かに1.5%
 証明責任
刑事 合理的疑いを超える証明
民事 それとは反対に証拠よりも、真実である可能性の高い証明
 
 再審理 陪審の更新 裁判長は評決を拒否し、陪審員総入れ替えして再審理が出来る。但し、陪審員に敬意を表して殆ど発動しない。
 交通事故損害賠償請求陪審で、保険に加入していることは陪審員に知らせないという証拠法がある。陪審員がどうせ保険会社が払うからいい、と簡単に考えないようにする為である。

 刑事陪審と民事陪審とが異なる評決をした例
1994年OJシンプソン事件 2人殺害
 刑事陪審 無罪
 民事陪審 3350万ドル損害賠償命令
1992年日本高校生服部剛丈君事件 ハロウィンパーティーで間違えて訪問し玄関先で射殺された事件 
 刑事陪審 無罪
 民事裁判官裁判 665000ドル損害賠償命令 原告遺族は陪審を希望せず、被告は希望したが、申請日を懈怠し結局裁判官裁判となった。
  1984年ゲッツ事件 ニューヨーク地下鉄で黒人4人の少年に金をせびられた白人ゲッツが発砲した事件 
刑事陪審 無罪
民事陪審 寝たきりとなった黒人が提訴、4300万ドル損害賠償命令

13、司法取引
 検察官と被告人・弁護人とが起訴時点で取引する。
 例えば、検察官が第2級殺人で8年と提案し、被告人が承諾すれば、陪審裁判を辞退して裁判官裁判にする。被告人が拒否すれば、陪審裁判となり、第1級殺人で終身刑になるかも知れない。
 起訴事件の9割は、司法取引と陪審の辞退により、裁判官裁判となり、陪審は開かれない。陪審の無罪率は33%、裁判官裁判の無罪率は17%である。陪審員は裁判官より20%被告人に寛大な評決を下すが、4%は裁判官より厳しい。
 無罪なら、裁判官裁判を、有罪なら、陪審員裁判を、うまくいくと無罪になれるかも知れない。
 9割は司法取引で簡単に裁判を終える。陪審に進むのは1割
 司法取引が成立すると、有罪答弁専門法廷が開かれ、裁判長が被告人に、自由意思か、容疑事実・罪名を知っているか、弁護人と相談済みか、宣告刑の範囲と求刑の予測を尋ねて、被告人が承知すると、裁判長・検察官・弁護人・被告人がサインして刑の宣告となる。
 被告人が司法取引も陪審も拒否したときは、裁判官裁判となる。ベンチトライアル
 無罪の時は、検察官控訴なし
 有罪の時は、被告人控訴有り。

14、評議・評決
 アメリカでは、陪審員評決と裁判長の予想との一致率は、75%と調査されている。合理的疑いを超える証明について、陪審員は裁判長よりハードルを高くしている。調査によると、裁判長と陪審員の不一致率の11%は、陪審員の方が被告人に寛大であった。
 1987年マサチュセッツ州のデータ
 起訴事件の内、8%が陪審裁判へ、内25%が無罪評決
 8%×25%=2%・・・全事件中での無罪率 アメリカでは無罪が乱発されている訳ではない。
日本の無罪率=0.1%

15、被告人が証人台に立つのは、82%である。日本は100%である。
 OJシンプソンは立たなかった。
 被告人が立つと、検察官から前科前歴の質問に曝される危険がある。
 弁護人はこう言う「被告人には証言しない権利があります。証人台に立てば検察官が前科を持ち出すことが分かっていました。しかし、被告人は証言しました。陪審員は被告人が宣誓したことを真剣に受け取って戴きたいのであります」
 アメリカでは、被告人の黙秘権が完璧に守られている。

14、大陪審
 英国1933年廃止 アメリカでは48州で採用、コネチカット・ペンシルバニア州で廃止
 他国に例なし。
 起訴するか否かを23人の陪審員の単純多数決で評決する。
 検察官、裁判長、23人の陪審員だけで証拠を取調して評決する。人数が多いから大陪審と呼び、12人の公判陪審は小陪審と呼ぶ。
 小陪審員は事件単位だが、大陪審員は18ヶ月の任期制、週に2度出廷して、検察官からの起訴申立を評議する。
 弁護人・被告人は出廷できないので、検察官の手持ち証拠が分からない。
 OJシンプソン事件のように、報道が過熱し、住民誰しもが予断を抱いているときは、大陪審は開かれず、予備審問となる。この時は、検察官・弁護人・被告人が出廷し、検察官は証拠開示するから、弁護人は有利である。