歴史評論9   名古屋空襲と戦犯裁判
9-3「戦時国際法」2011.11.4
次官通達の「戦時国際法規」とは何か。昭和17年までに確立した国際法、具体的にはジュネーブ条約、ハーグ条約等を指す。
 次官通達は、戦時国際法規に準拠して各軍に対して国内法である軍律を制定せよと指令するものであり、明治憲法時代にも国際法尊重主義であったということである。
 ジュネーブ条約は赤十字条約とも呼ばれ、1864年1906年1929年1949年に調印され、主に傷病兵と捕虜の保護を目的とする。無差別爆撃とは関係がないから、これ以上の説明は省略する。

 ハーグ条約は、1899年の第1回会議、1907年の第2回会議で調印され、いずれもロシアのニコライ二世が主唱者であり、1899年のハーグ条約は1904-05年の日露戦争に適用されている。日露戦争に於いて国際法が遵守された背景にはハーグ会議の影響があった。特にニコライ二世はハーグ会議の主唱者の名誉に賭けて国際法を遵守することを全軍に命じた。日本も世界に文明国たることを示すために遵守に努めた。日清戦争の旅順戦では支那住民虐殺を犯してしまい国際批判を浴びて不平等条約改正交渉が困難になった教訓があった。
 ニコライ二世に対しては、大津事件で津田巡査に斬りつけられたり、怪僧ラスプーチンを重用してロシア革命を招きレーニンに殺されたり、遅れたロシアの愚王のイメージが伴うが、実は、農奴制の廃止・憲法制定議会の召集・陪審制の導入を進めてロシアを文明化しようとした開明君主なのである。
 1907年第2回会議は、実に44国が参加し、全権委員120人、書記官併せて200人が一同に会し、壮麗なる国際会議であり勿論日本も参加した。これだけの規模の国際会議は今日の国連に匹敵しよう。この会議の主唱者たらんとしたニコライ二世の心意気を想像できる。
 ここで13条約と1宣言が調印され、多くの国が批准し、日本も批准した。
 無差別攻撃に関するものは、陸戦ノ法規慣例ニ関スル条約(陸戦法規)と軽気球ヨリノ爆発物ノ投下ヲ禁止スル宣言である。

 陸戦法規
 25条 防守せざる都市・村落・住宅又は建物は如何なる手段に依るも攻撃又は砲撃することを得ざる
 26条 攻撃指揮官は強襲の場合を除くの外、砲撃を始めるに先立ちその旨土地の官憲にに通告する為め
     施しうる一切の手段を尽くすべきものとされる
 27条 攻囲及び砲撃を為すに当たりては、宗教・技芸・学術及び慈善の用に供せらる建物・歴史上の記念
     建造物・病院・傷病者の収容所は同時に軍事上の目的に使用せられざる限り成るべく損害を免れれ
     しむる為必要なる一切の手段をとる。
     被告囲者は、見易き特別の徽章を以て、右建物又は収容所を表示するの義務を負う。右徽章は予
     め之を攻囲者に通告すべし。
 
 日露戦争の旅順戦に於いて、日本軍は陸戦法規を遵守して市街地への砲撃を控え、かつ婦女・児童・僧侶・中立国外交官従軍武官の船舶による旅順退去を許している。
 このように1907年の時点で、無差別砲撃と軽気球からの爆発物の投下が禁止された。アメリカのライト兄弟が飛行機を発明したのが1903年、ドイツのツェッペリン飛行船が登場したのが1906年、1914年第一次大戦から飛行機と飛行船が本格的に戦場に投入され、英独仏が競って敵都市への爆撃を行い市民に犠牲者が続出した。

 この影響を受けて、1923年ハーグで空戦規則が採択されたが、調印→批准には至らなかった。

 1923空戦規則
 22条 普通人民を威嚇し軍事的性質を有せざる私有財産を破壊若しくは毀損し又は非戦闘員を損傷するこ
     とを目的とする空中爆撃は禁止する
 24条1 空爆は軍事的目標即ち其の破壊が明瞭なる軍事的利益を交戦者に与ふるが如き目標に対して行
      われたる場合に限り適法とする。
    2 右の爆撃は、もっぱら次の目標すなわち軍隊、軍事工作物、軍事建設物もしくは軍事貯蔵所、兵器
      弾薬もしくは明らかに軍需品の製造に従事する工場であって重要かつ公知の中心施設を構成する
      もの、または軍事目的に使用される連絡路もしくは輸送路に対して行われた場合に限り、適法とす
      る。
    3 陸上部隊の作戦行動の直近地域でない都市、町村、住宅または建物の爆撃は、禁止する。2に掲
      げた目標が普通人民たる住民に対して無差別の爆撃を行うのでなければ爆撃することができない
      位置にある場合には、航空機は爆撃を控えなければならない。
    4 陸上部隊の作戦行動の直近地域においては、都市、町村、住宅または建物の爆撃は、普通人民た
      る住民に与える危険を考慮してもなお、そのような爆撃を正当化するのに十分なほどに、兵力の集
      中が重要であると考えることに理由がある場合に限り、適法とする。
    5 交戦国は、その士官または部隊が本条の規定に違反したことによって生じた身体または財産に対
      する損害につき、金銭賠償を支払う責任を負う。
 25条 航空機に依り爆撃を行う場合は、公衆の礼拝・技芸・学術又は慈善の用に供せらるる建物、歴史上
     の記念建造物、病院船、病院は右建物・物件又は場所が同時に軍事上の目的に使用せられざる限
     り之をして成るべく損害を免れしむる為、指揮官に於いて必要なる一切の手段を執ることを要する
     右建物、物件及び場所は昼間は航空機より見得べき標識を以て之を表示することを要する。前記以
     外の建物、物件、場所を表示する為上記の殊別標識を使用することは之を背信の行為と看破す
     右標識はジュネーブ条約に依り保護さるる建物の場合には白地に赤十字たるべく、その他の保護建
     物の場合に於いては長方形の大板にして対角線の一を以て一を黒色に他を白色の両三角形に区割
     りしたるものなるべし
     前項に掲げたる病院及びその他特権を有する建物に関する保護を夜間に於いて確保せんとする交
     戦者は上記の殊別標識を充分見やすくする為必要なる処置を執ることを要する
 26条 各国の領域内に存在する重要な歴史上の記念建造物に関していっそう有効な保護を与えるため、
     その国がこの記念建造物及びその周辺地帯を軍事目的に使用することを避け、かつその査察のた
     めの特別の制度を受諾することを条件として、次の特別規則を採用する。
  (1)各国は適当と認める場合には領域内にあるこの記念建造物の周囲に保護地帯を設けることが出来る
    。この地帯は戦時にも爆撃を免れる。
  (2)周囲に地帯を設けなければならない記念建造物、平時に外交上の経路により他国に通告する。この通
    告は右の地帯の限界も表示する。この通告は戦時に撤回することができない。
  (3)保護地帯は記念建造物またはその集団が現に占める地域のほか、右の地域の周線から測って幅員
    500メートルを超えない外側の地帯を含むことができる。
  (4)交戦国の航空機の乗員が右の地帯の限界を確実に識別することができるようにするため、昼夜を問わ
    ず航空機から明確に見ることができる標識を用いる。
  (5)記念建造物自体の標識は、第25条に定めるものである。周辺地帯を表示するために用いる標識は本
    条の規定を採用する各国において定め、かつ記念建造物および地帯の通告と同時に他国に通告する。
  (6)、(5)に掲げた地帯を表示する標識のいかなる濫用も背信行為とみなされる。
  (7)本条の規定を採用する国は、記念建造物およびその周辺地帯を軍事的目的のためもしきは方法の如
    何を問わず軍事機関の利益のために使用すること、またはこの記念建造物もしくきこの地帯内に於い
    て軍事上の目的を有する何らかの行為を行うことを控えなければならない。
  (8) (7)の規定の違反が行われないことを確保するため、本条の規定を採用する国に駐在する三人の中
    立国の代表またはその代理からなる査察委員会が任命される。この査察委員会委員の一人は敵対交
    戦国の利益を委託された国の代表またはその代理とする。